あっとこさんへ2、 これが本当なら・・
投稿者: yoikowaruiko356 投稿日時: 2005/08/23 16:37 投稿番号: [11225 / 230347]
ネット情報によるとやはり、天皇の始祖は朝鮮の3国時代の百済、任那(現地で二ムナと読む。意味は王の故地を意味する)地方が出身地であったようだ。
若い頃私は「なぜ古代日本において朝鮮はあれだけ先進国で九州に接近しているのに
日本を支配下におかなかったんだろう?」という疑問がありました。
それがこの話でやっぱりあったんだ、という納得に変わりました。そのほうが自然だからです。
百済からの援軍の要請が何度もあり、白村江の戦いがあって日本軍が負け百済が滅亡する、とか大化の改新や物部氏や蘇我氏なども百済、新羅からの帰化人が有力者として存在していたことなどからも、古代日本・大和朝廷は朝鮮と密接な関係を持っていることが伺えます。
明人天皇も数年前、「南朝鮮とは親戚に当たる」という言葉を表明しています。
しかし、なぜこれだけ状況証拠があるのにかかわらず、日本史には天皇の始祖に関する明確な記述がなく、空白になっているのか、謎だ。
これが分かれば、朝鮮と日本の歴史の全体像が見えて、日本の天皇を元首とした植民地化政策も受け止め方が大きく変ってくるのではないか。
韓国ではこの歴史を知っているのか、知らないのか、とても気になる。
多分知っているはずだ、と思うのだけど・・・?
もしそうだったとしたら、近代の日本が朝鮮を侵略するず〜っと前の古代ですでに日本領土が彼ら帰化人によって支配地とされていた、ことになり、つまり古代に先に日本領土を支配した朝鮮人(満州人?モンゴル人?)が近代になって故郷を逆に支配下においた、ということになるではないか?
これでは現在の朝鮮半島人が日本に侵略された、、、という図は逆転してくる。
どうなってんの?
あっとこさん、解説お願いします!
これは メッセージ 11211 (yoikowaruiko356 さん)への返信です.
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