P−51パクリ説
投稿者: tasimaya2003 投稿日時: 2007/09/22 19:19 投稿番号: [374 / 562]
P-51を設計したエドガー・シュミードは、亡命ドイツ人で、ドイツのメッサーシュミット社で機体設計をしていた技師だったことがその話に拍車をかけました。ただ、ノースアメリカン社の場合は戦闘機の設計データをカーチス・ライト社に提供してもらったという事情もあったのですが、やはりP-51はドイツのメッサーシュミットBf109などの基礎設計を参考にした、などという話を信じている人も根強くいるようです。
日本の某有名な設計技師も、P-51の設計に関して次のようなコメントを出しています。
「本機(P-51)の形態や構造をみると、とうてい120日やそこらでできあがった機体とは思われない。液冷発動機にぴったり合わせた流線型の非常に美しいライン、舵面の振り合い、細部まで行き届いた空力設計、軽量で量産向きの構造―――これらはノースアメリカン社か、シュミード技師かが、すでに腹案というよりも、できあがった基礎設計をもっていたものと考えられる。
これにイギリスの設計要求で若干の修正をおこない、昼夜兼業で試作用の図面を画き、部品はいきなり原図を画いて、図面ができるそばから製作していったものであろうと想像する。
堀越二郎」
そうです。これは零戦を設計した堀越主任の文章です。翻って、自分の場合はどうなんだ?という問いを彼に投げかけたいものです。6ヶ月で試験飛行までこぎつけたP-51と同様に、15ヶ月で試験飛行を開始した、お話にならないほどの技術小国だった日本の某戦闘機にも出来上がった基礎設計があったのではないでしょうか?そしてそれは果たして日本で生まれたものなのでしょうか?
これは メッセージ 372 (tasimaya2003 さん)への返信です.
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