日本軍とドイツ軍

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ゼロ戦パクリ2

投稿者: tasimaya2003 投稿日時: 2007/09/22 19:15 投稿番号: [372 / 562]
もう一つ、ゼロ戦の開発には不自然な点があるんですよ。それはゼロ戦がありえないぐらいハイスピードで開発されているということです。当時基礎科学力の著しく低かった日本の兵器開発の歴史を紐解いてみると、他国の兵器や技術を模倣した場合とちがって、独自に開発した場合は極めて時間がかかるという特徴があるのです。事実、ゼロ戦の後継機開発は随分と長い時間をかけたにもかかわらず、すべて失敗に終わり、終戦までゼロ戦が第一線機として使い続けられています。
そこへ来るとゼロ戦の場合は、三菱が計画説明書を提出してから試作一号機がわずか11カ月という異例の速度で完成したのです。おまけにキ33の設計を片手間にやりながら・・・・。あまりに不自然すぎると思いませんか?
三菱はもうすでに出来上がった基礎設計を持っていたとしか考えられないのではないでしょうか。
確かにゼロ戦の設計主任の堀越二郎は、外国の記者などにゼロ戦の設計とグロスターF5/34との類似点を尋ねられるたびに、日本の設計技術は96式艦戦にして世界に追いついて・・・・・などと言って話を適当にはぐらかし、実際グロスター機を参考にしたかどうかについてはいつも答えなかったといいますが・・・・・
日本が自前で設計した航空機の試作計画を発表したのは1932年に入ってからでした。このころから堀越は三菱で製作に携わり、1934年に七試艦上戦闘機を設計しますが、これは完全な失敗作で、製作された機はすべて事故で墜落してしまいます。次に設計されたのが1937年の九試単座戦闘機です。このボーイング社のP-29にウリ二つな戦闘機は期待された性能を満たしたため、96式艦上戦闘機として海軍に制式採用されました。
つまり三菱がまともに飛ばせるだけの航空機を自分のところで設計できるようになってから、わずか2年でゼロ戦の開発にまでこぎつけたわけなのですよ。そんな人たちの基礎科学力や設計データに基づいて、短期間にそれほど世界水準と遜色ない空力的洗練の航空機を設計するのは果たして可能なのでしょうか?要求された仕様にしたがって、既存の航空機にチョットだけ手をつけるので精一杯だったのではないですか?
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