【第七評】中国共産党の殺人の歴史
投稿者: kagaminiuturisimono 投稿日時: 2005/08/11 05:26 投稿番号: [91986 / 196466]
抜粋です
中国共産党政権の成立から55年間の歴史は、血と嘘で記された歴史である。
その流血の裏にある事実は、残酷非道であるばかりでなく、
ほとんど世間に知られてない。
中国人の6千万ないし8千万もの罪のない人々の命が犠牲となり、
更に多くの家庭が迫害された。
今日でも、多くの人たちが依然として、なぜ中共は人を殺す必要があるのかと考えている。
今日でも中共は相変わらず、法輪功学習者を虐殺しており、
更に2004年11月初旬に至っては、
漢源で抗議する民衆に対して発砲し制圧した、
その時も多くの人たちが思ったことは、いつ中共が虐殺を止め、対話することを学び、
銃を用いるのではなく話し合いをするかということである。
毛沢東が「文化大革命」を総括したとき、「国内が大いに乱れ、そして泰平の世となった、
七、八年後にまた同じようなことになるであろう」と述べた。
はっきりと言うならば、
つまり七、八年ごとに政治運動を行い
七、八年ごとに、再度大量の人たちを殺すことと言える。
共産党の殺人は現実に必要でもある。
共産党は立党当時から、無頼漢やならず者が、人を殺し、作り上げたものである。
人殺しを既に始めたので、絶対に途中止まることなく、
しかも絶えず恐怖を作り上げ、人民を恐怖の中におき、人民は党が強硬すぎるため、
頭を下げ言いなりになるという現実を認めざるをえない。
表面的に、多くの事例は、中共が「受身の立場の殺人」のようで、
社会に偶然の事件が起り、
偶然に中共の悪霊及びその中共の組織的殺人メカニズムに触れたようであるが、
実は、「偶発」の裏に隠れている周期的な殺人は、
中共にとっては、必然なことである。
そうでなければ、喉元過ぎれば熱さを忘れることになり、
二年間ほど殺人をしないと、
人々は中共が既に改善されたという錯覚に陥ってしまい、
甚だしい事例としては、
89年(天安門事件)民主運動の理想青年と同様、
民主化を性急に求めることになりかねない。
七、八年ごとに一度大量殺人をすれば、
人々に恐怖感への記憶を絶えず刷新することができる。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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