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ファルージャ大虐殺

投稿者: apoxy_07 投稿日時: 2005/04/24 22:20 投稿番号: [70679 / 196466]
http://www.yorozubp.com/0104/010418.htm

私たちは日本語で「殺害」の残酷度が強まると「虐殺」になると思っている。次に、この規模が大きくなると「大虐殺」になり、そのうちに見慣れない横文字の「ジェノサイド」に接近する。私たちは日本語で考え、大量殺人をこのように把握している。こう考えながら、私たちは冒頭の記事を読んだし、このように把握されることが前提となってこの記事も書かれている。もちろん私たちが日本人同士で議論している分にはこれでよいのである。

問題は欧米人と大量殺人について議論するときである。彼らの区別はどうであろうか。私はドイツに長く暮らしているせいかドイツ人の頭脳内回路について少しは見当がつくが、米国人、英国人、フランス人となると本当は自信がない。それでも敢えて欧米人と書く。というのは、彼らは昔から多数の人が殺されると「マサカー(英語の綴りではmassacre)」という単語を使うが、これは欧州の色々な言語に共通するからである。日本の世界史で習った「聖バーソロミューの虐殺」をはじめ歴史上の有名な大量殺人はヨーロッパではこのコトバで登録されている。私たちは昔からこの「マサカー」という単語に「虐殺」とか、「大虐殺」とかいった日本語をあててきた。有名な「南京大虐殺」もこの「ナンキンのマサカー」である。

この「マサカー」という単語を、ドイツ人が聞くと流血惨事を連想するそうだが、血を流さずに大量殺人が可能になってからも、この単語が使われる。次に「多数」という表現は不特定で、何百万人殺されようが「マサカー」で、日本語訳では「虐殺」である。

反対に、人死の少ないほうはどうかというと、英国史のなかに「アンボイナの虐殺」というのがあるそうで、これは17世紀に12人の英国人商人がモルッカ諸島でオランダ人に殺された事件である。これが死者数最小の「マサカー(=虐殺)」であるそうだ。要するに「多数」というのは数百万から12人までで非常に幅が大きいのである。

12人殺されても「マサカー(虐殺)であった」と見なす文化圏の人々に「『南京大虐殺(ナンキンのマサカー)』はまぼろしであった」というのは、下手すると「12人も死んでいなかった」と主張していることにならないだろうか。幾ら身贔屓の強い日本人でもあの時の南京での死者数が11人以下とまで主張する気はないはずである。

このように考えると、異文化間コミュニケーションは厄介である。自分ひとりで納得しているのではなく、何を伝えたいか、本当にそのことが相手に伝わるのかを考えてから発言すべきである。
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