日中関係

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南京事件についてもう一度だけ

投稿者: wof2000 投稿日時: 2005/04/24 20:48 投稿番号: [70636 / 196466]
トピズレと言った以上、レスをつけるのは好ましくないかもしれませんが、どうやら拘っている人が多いようですから、もう一度だけレスをしておきますね。

>言ってることが矛盾しているじゃないか。
>一方では補給に問題がなかったといい、もう一方では
>物資の欠乏から略奪が発生したという。
>せめて自分の発言の一貫性くらいは持たせろよ。

私は「補給に問題がなかった」などと一言も言った覚えはありませんが?   これは、ゼロ/イチの問題ではなく、程度の問題なんですよ。

中支派遣軍の司令官であった松井石根は、日本を出発する前から、「首都南京」を落とすことを公言していました。たしかに日本政府も参謀本部も、南京にまで攻め入るつもりはなく、実際に、現地軍に対して何度も進撃を止めるよう指示しましたが、現地軍の独断専行により、南京城にまで迫ります。日本政府にとって、南京攻撃は"想定外"でしたが、司令官は最初から"やる気"でした。

歴戦の司令官である松井石根は、武器も弾薬もなしに「首都南京」を落とせる、などと考えるほどバカではありません。また、南京市の農民から、日本軍が使用する武器弾薬を徴発できると考えるほどバカでもありません。だから、武器・弾薬については補給も含めて、それなりに準備していたんですよ。そして実際に南京城への砲撃などで使用しています。その分、しわ寄せをくらったのは食料です。それは、現地調達という名の略奪によって入手可能であるという見込みがついていました。

南京城は、一部では激しい抵抗が行われたものの、中国軍司令官の逃亡により、予想外に早く陥落しました。大規模な包囲網を敷き、中国軍による"篭城"が長期化した場合まで想定していましたから、部隊によっては、武器・弾薬にある程度の余裕があったのです。
具体的な例は、幕府山付近で捕虜の大量処刑を行った山田支隊です。この隊は、南京の東北方面への退路を塞ぐために、急遽編成された部隊であり、本格的な戦闘もないまま、大量の捕虜を得ます。戦闘を想定して派遣された部隊が、本格的な戦闘なしに捕虜を得たのですから、当然、弾薬に余裕があります。だから、司令部から捕虜処刑の命令が下されると、包囲して機銃掃射するという"効率的な"方法を取ったのです。

もちろん、すべての部隊が機銃掃射による処刑を行ったわけでもありません。海軍パイロットして南京戦に参加していた奥宮氏が目撃した大量処刑では、軍刀による刺殺という方法が取られていました。

私がわざわざ日本軍物資について言及したのは、南京事件否定論が、"窮乏した日本"というイメージを利用して、否定論を展開しているからですよ。「石油の一滴は血の一滴」、ナベやヤカンまで徴発して戦争をした日本。そういう太平洋戦争中の日本軍のイメージにとらわれてしまえば、「日本軍が弾薬を"無駄使い"するのはおかしい」「わざわざガソリンで焼き殺すなんて"もったいない"ことしない」なんていう否定論に引っかかってしまうのです。南京事件発生時の日本と、太平洋戦争時の日本とでは、状況が違います。南京事件当時の日本は、アメリカから石油も鉄も輸入できたのですから。それを知っていれば、捕虜の射殺も、ガソリンを使っての焼却も、違和感なく受け入れられるでしょうね。
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