>>×9 横レス失礼。
投稿者: jptmd2004 投稿日時: 2004/04/17 11:24 投稿番号: [31423 / 196466]
>ということなんですよ。
先占の時に異議を申し立てず、それ以降、サンフランシスコ条約での領土の確定時
にも異議がなく日本の実効的占有を許していたのですから、仕方が無いですね。
もし、現有の国際法成立以前の状態が有効になるなら、822年の唐とチベット間
のお互いの領土を確定した条約も有効になってしまいチベットは独立国という馬鹿
げた論説が正当化されてしまいますよ。
あくまで、現有の国際法が確定したのを19世紀後半と考えて、それ以降初めて
先占を行ったのが日本で有り、中国は日本の先占がなされてから60年以上、平穏
かつ継続的に占有を許していたという事が問題なのでしょう。
<
【その後、中国に台湾を割譲させる講和条件を突きつけ、中国へ通知しないまま、先行して秘密裏に釣魚列島を奪い取ってしまう。】
①日本は、「秘密裏の工作」を中国側に知らせましたか。
なかったら、「日本の先占」が不成立となり、未だに不法占拠の状況となっていますね
②事の背景を無視して話が進まないと指摘しました。
例えば、強盗犯に拳銃が付けられた被害者は、命さえの保障もない状況下で、「奪った10万円を返せ」と言える立場にあると思いますか。
1945年まで、中国は拳銃が付けられたままですよ。
また、犯罪者には15年時効というが、その犯罪者が日本以外の外国で50年間暮らしたとしても、その15年時効が無効なものです。
だから、nita2さんの言った平穏、安定が非常識の「平穏、安定」となると考えても可笑しくありませんね。
④同島は、台湾に帰属する一島で、運命の共同体でもあるという認識があります。
だから、日本の「先占」が「不法占拠」との意味を持ちます。
【甲午戦争の1年前にあたる1893年まで出されていた、沖縄県知事による釣魚島などの沖縄県への帰属要求を、内・外務卿はさらに1年引き伸ばした。甲午戦争勃発後も、日本政府は勝利を確信していないためか、「同島が日本に所属するのか否か、未だ明確ではない」としてこの問題を避けている。
しかし、日本軍が1894年11月末に旅順を占領し、清の主力である北洋艦隊を威海に封じ込め、明治政府は清への勝利を確信する。その後、中国に台湾を割譲させる講和条件を突きつけ、中国へ通知しないまま、先行して秘密裏に釣魚列島を奪い取ってしまう。野村靖・内務大臣は同12月27日、陸奥宗光・外務大臣へ密書を送り、命令で先送りになっていた「久場島」(黄尾嶼)、「魚釣島」での目印の杭を建設について、しばらく停止の命令を下したとはいえ、「其当時ト今日トハ事情モ相異候ニ付(訳注)」として、これらの島に対し「管理が必要」で、あらためて議論すべきとしている。これに対して外務省は異議を申し立てず、「御見込ノ通リ御取計相成可(訳注)」としている。その結果、1895年1月14日、日本政府は戦争の終結を待たずして「内閣決議」を行い、釣魚列島を沖縄県の管轄下に置き、目印となる杭を立てた。(6)中日両国は同4月17日、『馬関条約(下関条約)』に調印。中国は台湾とその周囲の島を割譲させられ、日本が敗戦するまで、日本による台湾統治は50年にわたった。釣魚島など台湾周囲の島も長い間日本に占領された。
】
参考文献の再掲載
http://fpj.peopledaily.com.cn/cehua/20040407/01.htm
>なお、サンフランシスコ条約への異議については、中華民国からの条約の継承とい
う問題も絡みます、本線から外れますのでここでの討論からは外しましょう。
もし、討論をお望みでしたら別にスレットを立てましょう。<
単純な話で、
中国が中華民国の支配下の台湾島が中国の領土であると主張する以上、同島は中国の領土に帰属する意味もします。
>中国は日本の先占がなされてから60年以上異議を唱えること無く、平穏かつ継続的
に日本の占有を許していたのですから石油のが原因と言われても仕方ないということ
でしょう。
<
石油資源の有無の原因で、中国側の主張へ反対扇動には確かに効果があるようです。
石油資源以上に、軍事戦略地域としての地位を認識すべきではありませんか。
これが本質です。
先占の時に異議を申し立てず、それ以降、サンフランシスコ条約での領土の確定時
にも異議がなく日本の実効的占有を許していたのですから、仕方が無いですね。
もし、現有の国際法成立以前の状態が有効になるなら、822年の唐とチベット間
のお互いの領土を確定した条約も有効になってしまいチベットは独立国という馬鹿
げた論説が正当化されてしまいますよ。
あくまで、現有の国際法が確定したのを19世紀後半と考えて、それ以降初めて
先占を行ったのが日本で有り、中国は日本の先占がなされてから60年以上、平穏
かつ継続的に占有を許していたという事が問題なのでしょう。
<
【その後、中国に台湾を割譲させる講和条件を突きつけ、中国へ通知しないまま、先行して秘密裏に釣魚列島を奪い取ってしまう。】
①日本は、「秘密裏の工作」を中国側に知らせましたか。
なかったら、「日本の先占」が不成立となり、未だに不法占拠の状況となっていますね
②事の背景を無視して話が進まないと指摘しました。
例えば、強盗犯に拳銃が付けられた被害者は、命さえの保障もない状況下で、「奪った10万円を返せ」と言える立場にあると思いますか。
1945年まで、中国は拳銃が付けられたままですよ。
また、犯罪者には15年時効というが、その犯罪者が日本以外の外国で50年間暮らしたとしても、その15年時効が無効なものです。
だから、nita2さんの言った平穏、安定が非常識の「平穏、安定」となると考えても可笑しくありませんね。
④同島は、台湾に帰属する一島で、運命の共同体でもあるという認識があります。
だから、日本の「先占」が「不法占拠」との意味を持ちます。
【甲午戦争の1年前にあたる1893年まで出されていた、沖縄県知事による釣魚島などの沖縄県への帰属要求を、内・外務卿はさらに1年引き伸ばした。甲午戦争勃発後も、日本政府は勝利を確信していないためか、「同島が日本に所属するのか否か、未だ明確ではない」としてこの問題を避けている。
しかし、日本軍が1894年11月末に旅順を占領し、清の主力である北洋艦隊を威海に封じ込め、明治政府は清への勝利を確信する。その後、中国に台湾を割譲させる講和条件を突きつけ、中国へ通知しないまま、先行して秘密裏に釣魚列島を奪い取ってしまう。野村靖・内務大臣は同12月27日、陸奥宗光・外務大臣へ密書を送り、命令で先送りになっていた「久場島」(黄尾嶼)、「魚釣島」での目印の杭を建設について、しばらく停止の命令を下したとはいえ、「其当時ト今日トハ事情モ相異候ニ付(訳注)」として、これらの島に対し「管理が必要」で、あらためて議論すべきとしている。これに対して外務省は異議を申し立てず、「御見込ノ通リ御取計相成可(訳注)」としている。その結果、1895年1月14日、日本政府は戦争の終結を待たずして「内閣決議」を行い、釣魚列島を沖縄県の管轄下に置き、目印となる杭を立てた。(6)中日両国は同4月17日、『馬関条約(下関条約)』に調印。中国は台湾とその周囲の島を割譲させられ、日本が敗戦するまで、日本による台湾統治は50年にわたった。釣魚島など台湾周囲の島も長い間日本に占領された。
】
参考文献の再掲載
http://fpj.peopledaily.com.cn/cehua/20040407/01.htm
>なお、サンフランシスコ条約への異議については、中華民国からの条約の継承とい
う問題も絡みます、本線から外れますのでここでの討論からは外しましょう。
もし、討論をお望みでしたら別にスレットを立てましょう。<
単純な話で、
中国が中華民国の支配下の台湾島が中国の領土であると主張する以上、同島は中国の領土に帰属する意味もします。
>中国は日本の先占がなされてから60年以上異議を唱えること無く、平穏かつ継続的
に日本の占有を許していたのですから石油のが原因と言われても仕方ないということ
でしょう。
<
石油資源の有無の原因で、中国側の主張へ反対扇動には確かに効果があるようです。
石油資源以上に、軍事戦略地域としての地位を認識すべきではありませんか。
これが本質です。
これは メッセージ 31421 (nita2 さん)への返信です.
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