≫≫≫ドラネコさんへ
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2003/12/20 19:02 投稿番号: [30088 / 196466]
>戦勝国といっても外国であって、日本国民に主権は及びません。
これは間違いです。
「降伏文書調印」から、「対日講和条約締結」までは、
「降伏文書」に基づき、日本の主権は限定され「連合国」の管理下にあります。
__________________
>あなたのご推測に過ぎないと思います。
>改称するならわざわざ同音の文字に置き換えることはしないはずです。
やまと 【大和/倭】
(1)
旧国名の一。奈良県全域に相当。五畿内の一。
平安遷都以前は歴代の皇居のあった地方。
もと「倭」と書いたが、元明天皇の時、
「倭」に通じる「和」の字に「大」の字を付けた「大和」を用いることが定められた。
(2)
〔(1)に都があったことから〕日本国の別名。
やまとの国。おおやまと。和州。
__________________
http://kyoto.cool.ne.jp/jiangbo/china/edu/edu004.htm
Cinaの語源に対するさまざまな見方に基づけば、そのもともとの意味合いも違ってくる。
代表的な見方は四つある。
一、Cinaはサンスクリットで中国の「絹糸」を示すものだとされている。
古代インド、ペルシア、古代ギリシアの人々は
中国の絹糸(サンスクリットのCina)を用いて中国を呼称していた。
二、Cinaは秦国の「秦」のサンスクリット音訳で、
Cinaのサンスクリットの意味は「秦の国」であり、
古代インド人の秦・漢時代の中国に対する呼称である。
三、Cinaはサンスクリットで「辺ぴで遠いところ」を示す言葉である。
四、Cinaはチャン(羌)族のことを指す。
__________________
上記より、Cina(サンスクリット)は「絹」「秦」「辺ぴで遠いところ」の意味がある。
「支」は「本流←→支流」の「支」であり、
「那」は国を表すとされている。
つまり、「支那」の本来の意味は「辺ぴで遠いところ」を意味する「Cina」であり、
「秦」を意味する「Cina」は「震旦」であると考えられます。
(今昔物語集には【震旦】が使われている。)
つまり、
「Cina」に【侮蔑の意味有り】と【無し】があり、
当てた漢字により【侮蔑の意味有り】と【無し】の区別があったと考えられます。
Cina
(侮蔑の有無の区別つかず)
↓
震旦
(侮蔑の意味無し)
Cina
(侮蔑の有無の区別つかず)
↓
支那
(侮蔑の意味有り)
倭
(侮蔑の意味あり)
↓
和
(侮蔑の意味無し)
と、解釈できます。
__________________
>庶民でなくても、外国から特定の言葉の使用を命令される筋合いはないということです。
当事者には、固有名詞を管理する権利が無く、
部外者に、固有名詞を変更する権利があると主張するのですか?
日本の刑法には「侮辱罪」があります。
相手を害する表現は法により制限されています。
__________________
>それは寛大な「中国」皇帝の御計らいということですか?
「国民党」蒋介石の御計らいでしょう。
>それに自由を主張するのに中国の「お許し」を乞うという
自由は自己完結しているもの以外は、他社の自由に干渉します。
あなたが「支那」を頭で思い浮かべ、頭の中で「侮蔑」するのはあなたの自由です。
他者が、それに気付く事もなければ気分を害する事もありません。
表現した段階で相手の自由に干渉する以上、
相手の「気分を害されない自由」を尊重しなければ、
あなたの「気分を害されない自由」は尊重されえず、
「相手の気分を害する権利」を主張するなど論外です。
__________________
>私が言っているのは江戸後期から第2次大戦終結後しばらくまで、
>大陸のあの国を指して、日本人が支那という言葉を使っていたという事実です。
>室町時代まで遡らなくても結構です。
古代中国や古代インドまで遡って根拠としていながら良く言う。
日本で「支那」が使われるようになったのは、「江戸中期以降」とされていますが、
もし、豊臣秀吉の「朝鮮征伐」あたりが分岐点であれば、
意図的に「震旦」を「支那」に置き換えた可能性すら出てきます。
(そのような資料があるかは知りませんが…。)
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これは間違いです。
「降伏文書調印」から、「対日講和条約締結」までは、
「降伏文書」に基づき、日本の主権は限定され「連合国」の管理下にあります。
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>あなたのご推測に過ぎないと思います。
>改称するならわざわざ同音の文字に置き換えることはしないはずです。
やまと 【大和/倭】
(1)
旧国名の一。奈良県全域に相当。五畿内の一。
平安遷都以前は歴代の皇居のあった地方。
もと「倭」と書いたが、元明天皇の時、
「倭」に通じる「和」の字に「大」の字を付けた「大和」を用いることが定められた。
(2)
〔(1)に都があったことから〕日本国の別名。
やまとの国。おおやまと。和州。
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http://kyoto.cool.ne.jp/jiangbo/china/edu/edu004.htm
Cinaの語源に対するさまざまな見方に基づけば、そのもともとの意味合いも違ってくる。
代表的な見方は四つある。
一、Cinaはサンスクリットで中国の「絹糸」を示すものだとされている。
古代インド、ペルシア、古代ギリシアの人々は
中国の絹糸(サンスクリットのCina)を用いて中国を呼称していた。
二、Cinaは秦国の「秦」のサンスクリット音訳で、
Cinaのサンスクリットの意味は「秦の国」であり、
古代インド人の秦・漢時代の中国に対する呼称である。
三、Cinaはサンスクリットで「辺ぴで遠いところ」を示す言葉である。
四、Cinaはチャン(羌)族のことを指す。
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上記より、Cina(サンスクリット)は「絹」「秦」「辺ぴで遠いところ」の意味がある。
「支」は「本流←→支流」の「支」であり、
「那」は国を表すとされている。
つまり、「支那」の本来の意味は「辺ぴで遠いところ」を意味する「Cina」であり、
「秦」を意味する「Cina」は「震旦」であると考えられます。
(今昔物語集には【震旦】が使われている。)
つまり、
「Cina」に【侮蔑の意味有り】と【無し】があり、
当てた漢字により【侮蔑の意味有り】と【無し】の区別があったと考えられます。
Cina
(侮蔑の有無の区別つかず)
↓
震旦
(侮蔑の意味無し)
Cina
(侮蔑の有無の区別つかず)
↓
支那
(侮蔑の意味有り)
倭
(侮蔑の意味あり)
↓
和
(侮蔑の意味無し)
と、解釈できます。
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>庶民でなくても、外国から特定の言葉の使用を命令される筋合いはないということです。
当事者には、固有名詞を管理する権利が無く、
部外者に、固有名詞を変更する権利があると主張するのですか?
日本の刑法には「侮辱罪」があります。
相手を害する表現は法により制限されています。
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>それは寛大な「中国」皇帝の御計らいということですか?
「国民党」蒋介石の御計らいでしょう。
>それに自由を主張するのに中国の「お許し」を乞うという
自由は自己完結しているもの以外は、他社の自由に干渉します。
あなたが「支那」を頭で思い浮かべ、頭の中で「侮蔑」するのはあなたの自由です。
他者が、それに気付く事もなければ気分を害する事もありません。
表現した段階で相手の自由に干渉する以上、
相手の「気分を害されない自由」を尊重しなければ、
あなたの「気分を害されない自由」は尊重されえず、
「相手の気分を害する権利」を主張するなど論外です。
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>私が言っているのは江戸後期から第2次大戦終結後しばらくまで、
>大陸のあの国を指して、日本人が支那という言葉を使っていたという事実です。
>室町時代まで遡らなくても結構です。
古代中国や古代インドまで遡って根拠としていながら良く言う。
日本で「支那」が使われるようになったのは、「江戸中期以降」とされていますが、
もし、豊臣秀吉の「朝鮮征伐」あたりが分岐点であれば、
意図的に「震旦」を「支那」に置き換えた可能性すら出てきます。
(そのような資料があるかは知りませんが…。)
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これは メッセージ 30083 (toraneko_yh さん)への返信です.
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