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ハキスタンの不遇と野心

投稿者: kflez 投稿日時: 2002/06/01 23:53 投稿番号: [24049 / 196466]
2001年10月3日    田中   宇

  9月11日のアメリカ大規模テロ事件は、世界各地の地域紛争に思わぬ影響を与えて始めている。その一つはインド・パキスタン紛争だ。パキスタンは、今回のテロ事件の容疑者とされるオサマ・ビンラディンを匿っているアフガニスタンのタリバン政権を支援してきた国であり、事件の渦中にある。ところが長い目で見ると、パキスタンをめぐって大きな問題となりそうなのは、タリバンとの関係よりもむしろインドと対立するカシミール地方の地域紛争である。

  パキスタンの歴史を学ぶと、世の中にはこんなに恵まれない国というものもあるのか、と感じさせられる。カシミール問題について考えるには、パキスタンの歴史を把握する必要がある。このところ、大テロ事件の関係でパキスタンのことが連日報道されているので。ちょうどいい機会だから、ここでパキスタンの歴史について書いてみる。

  パキスタンはイギリスのインド支配が終わった1947年、英領インドのうちイスラム教徒が多い地域が、ヒンズー教徒が多いインドとは別の国として独立したものだ。産業の中心は綿花の栽培だったが、綿花を繊維製品に加工する工業地帯の大半はインド側に属すことになったので、国の発展を託せる産業を育てられなかった。

  しかも独立直後からインドとの戦争が始まり、約500万人のイスラム教徒がインドからパキスタンのカラチなどの大都会に難民として流入し、政府が社会福祉も都市基盤も整備できないまま都会の人口が急増した。

  独立の翌年には、パキスタン独立の父といわれたアリ・ジンナーが死去し、さらにその3年後には初代の首相をしていたアリ・ハーンも暗殺されてしまった。もともと人材が欠如していたところに指導者の相次ぐ死が重なって政治の混乱に収拾がつかず、1958年には軍がクーデターで政権を握った。それ以来パキスタンでは軍事政権か、もしくは民政が行われても軍部の意向を無視した政治はできなくなっている。
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