日中関係

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神国日本に手を出した国③

投稿者: stik_inakuma 投稿日時: 2002/04/01 20:48 投稿番号: [22120 / 196466]
  最後は蒋総統との会見である。
  蒋介石総統はすでに80歳、口辺に笑みを浮かべ、好々爺(こうこうや)といった感じだ。何応欽将軍はじめ多くの要人も同席した。〈写真は禁止とのこと〉総統は一段と高い所に坐をしめ、まず岸先生の近況と皆さんの台湾視察の感想はどうでしたか、と質問された。中山団長が詳細に報告し、この度の旅行に際しての行き届いたご配慮とご接待に対して深く感謝する旨を述べた。
  暫く懇談ののち、団員ひとりひとりが蒋総統の前に進み出て、謝辞を述べ、総統から握手を賜ることになった。
  私は総統に敬礼してから、「私はかつて閣下にお目にかかったことがございます」と申し上げた。
  「いつか。」と聞かれるので「36年(昭和11)の3月、松井石根閣下にお伴して、南京で・・・・」と申し上げた。
  松井大将の名を聞くや、蒋介石の顔色が見る見る変わった。
  ふるえ声で――「松井閣下には、申し訳なきことを致しました・・・・・」と私の手を堅く握りしめて、むせぶように言われ、眼を赤くして涙ぐまれた。
  私は驚いた。一同も蒋総統のこの異様な態度に驚いた。
  周知の通り南京戦の直後、蒋は漢口にいてしきりに対日抗戦の声明文を発表したが、〈虐殺事件〉など一言も触れていない。何応欽軍司令官の『軍事報告書』の中にも一行もない。それを東京裁判は、松井大将の責任で20万余を虐殺したと判決して、絞首刑に処したのである。
  あれほど支那を愛し、孫文の革命を助け、孫文の大アジア主義の思想を遵奉(じゅんほう)したばかりか、留学生当時から自分(蒋)を庇護し、面倒を見て下さった松井閣下に対して何らむくいることも出来ず、ありもせぬ「南京虐殺」の冤罪(えんざい)で刑死せしめた。悔恨の情が、いちどに吹きあげたものと思われる。
  蒋介石は私の手を2度、3度強く握って離さず、目を真っ赤にして面(おも)を伏せた。
  周知の通り、蒋はカイロ会議以降連合国首脳会議から除外されて、発言権を失った。代わってスターリンがのさばり、中立条約を破って満州、南樺太に進攻し、北方四島の侵略まで果たした。
  蒋は東京裁判関係からも除外され、派遣した梅判事はすでに共産党にくらがえしており、南京事件に対して何らの発言も出来なかったのである。
  蒋介石は88歳でこの世を去るまで、松井大将の冥福を祈ったと聞く。
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