日中関係

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神国日本に手を出した国②

投稿者: stik_inakuma 投稿日時: 2002/04/01 20:43 投稿番号: [22119 / 196466]
実録》松井石根大将と蒋介石
■「南京大虐殺」などなかった傍証■

興亜観音を守る会会長   田中正明

  蒋の陸士入学と松井

  話は飛ぶ。昭和2年(1927)頃の支那は蒋介石を中心とする南京政府と、汪兆銘と共産党が連立する武漢政府とが対立し、抗争していた。
  南京軍が徐州戦で大敗するや、武漢政府はこの時とばかりに蒋介石討伐の軍を起こした。当時蒋の軍隊は戦意なく、蒋は最悪の事態に直面し、ついに昭和3年8月14日に下野を声明した。
  松井は参謀長の張群を通じてしきりに蒋の来日を促した。その結果、蒋は8月28日ひそかに来日した。随行は張群と秘書らわずか5名であった。
  松井は腹心のアジア主義者佐藤安之助を伴って蒋介石・張群と会い、回を重ねると同時に、田中義一首相にも働きかけ「田中・蒋会談」の根回しにつとめた。
  9月15日、青山の田中首相の私邸での両者の会談が行われた。この会談に参加したのは、日本側は森恪(いたる)と松井、佐藤の三人で、蒋側は張群が陪席した。
  この会談の模様は『外務省外交主要文書』に詳しいが、省略して結論だけを述べると、田中首相は蒋の将来性を高く評価して次の如く述べた。
  (1)このさい揚子江以南を掌握することに全力をそそぎ、北伐はあせるな、(2)共産主義の蔓延を警戒し、極力防止すること、(3)この(1)(2)に対して日本は支援を惜しまない・・・・・。この3点であった。最終的に2人の間に合意したのは、国民党による中国統一が達成したあかつきには、日本はそれを承認する。これに対し国民政府は満州における日本の地位、ならびに特殊権益を認める、ということであった。(鈴木貞一著『北伐と田中・蒋密約』)以上はほとんど松井構想であった。蒋介石も帰国して上海の記者会見でこう述べている。
  「われわれは満州における日本の政治的、経済的な権益を無視し得ない。また日露戦争における日本国民の驚くべき精神的発揚と、露国からの満州における日本の特殊的な地位に対し、考慮を払うことを保証していた」と。
  ここまで組み立てられた松井構想も、その年に河本大作による張作霖爆死事件が起き、3年後には満州事変が勃発し、日中和平構想も音をたてて崩れ去ってしまったのである
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