もう一つの可能性
投稿者: Mishi_Mishi_01 投稿日時: 2001/12/28 00:31 投稿番号: [20804 / 196466]
そう言えば、もう一つ可能性があった。なんで中国人は、こういうような発想をするのか?
恐らく日本人の方も不思議に思っていることだろうから、これも一応、指摘しておきましょう。
つまり、
5、中国人zhanganke は、“海”というものがどんなものであるか、理解できない。
一般に中国人の多くは、生まれてから死ぬまで、海というものを生涯一度も見ずに過ごします。
中国人zhangankeの反応と理解の程を見て判るように、彼等は、
『12月も押し詰まった季節で』
『深夜の10時を回った時刻に』
『波高4〜5mという時化(しけ)た状態の』
『しかも、潮の流れの速い外洋』
といものが、どんなに恐ろしい環境であるのか、理解できません。
波高4〜5メートルの海といえば、30メートル足らずの不審船にとっては全長の1/6にも達する高さになります。当然、ローリングやピッチングも甚だしい状態でしょう。
肩撃ち式の歩兵用ロケットランチャーならば、握把を握った右腕がちょっと上がっただけで、砲弾は山なりに上に向かって飛んでいってしまいます。例えzhangankeが言っているように2mの距離だったとしても、5mの波に持ち上げられて、なおかつ射手の右手がピッチングの影響で動いてしまったら、砲弾が巡視船の上を通り越してしまう事など、別に不思議でも何でもありません。
実は今度の事件で、他にも中国人が『15人も漂流者がいたのに、一人も救出できなかったのは、海保がわざと見殺しにしたからだ』と言わんばかりの主張をしている例がありました(中国情報局、の掲示板)。
彼等は、冬の荒れた海で水没者を探す事が、故郷の自由市場でカボチャでも見つけてくるような気軽さに感じられるようです。“田舎者”と言ってしまっても、良いでしょう。
これは メッセージ 20788 (Mishi_Mishi_01 さん)への返信です.
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