犯行現場目撃者証言(1)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/29 23:33 投稿番号: [196127 / 196466]
容疑者の自白、そして
被害者や
目撃者による
証言は、
犯罪捜査でも 裁判でも、犯行事実を証明する直接証拠となる。
南京虐殺事件に関しても、同様のことが 言える。
被害者や 目撃者の証言は、「直接証拠」 にほかならない。
当時の陸軍航空兵軍曹・飛行第8大隊付従軍記者、井出純二氏も
重要な 証言者の一人だ。 その手記を 以下に引用してみたい。
いわゆる南京虐殺事件は、十七日の入城式と 翌十八日の
慰霊祭を前に、治安の確立を焦った 日本軍が、
市民の間に逃げこんだ便衣兵を、大量に 狩り立てて
殺したのが 主体ではないか と推測する。
中支方面軍最高指揮官である松井大将が、慰霊祭における
訓示の中で、特に軍の暴行にふれて 批難、叱責したのも、
今後の再発を予見し、戒めてのことではなかったのか。
にもかかわらず、それから 十数日経った後、南京埠頭で
私が見た 光景は、なんと 解すべきか。
軍司令官の威令、日本の軍規は、なぜに そこまで
堕落していたのか。
ましてや 私が見た限りでは、大量、組織的、軍命令による
白昼堂々の “公的処刑” としか 見えなかったのは、
いったい どうしたことなのか。
私は、松井大将の声涙くだる異例の訓示と、この現実との
相関について、いまだに その解釈に 苦しんでいる。
(中略)
鉄橋の手前で、収容所から 運ばれてきたらしい
二十人ばかりの 中国人捕虜が トラックから降ろされ、
江岸へ 連行されて行く。
釈放するからと偽って 連れてきたのか、みんな 大きな
フロシキ包みをかかえ、厚い綿入りの冬服を 着ていた。
軍服姿は 見当らなかったが、二十、三十歳代の男が主で、
坊主刈りが 多いので、便衣兵かなあと 眺めていた。
江岸まで200メートルもあったろうか、道路のカーブを
曲ると、江岸の斜面から水際にかけて 処刑された死体が
ゾロゾロと 重なっている。
追い立てられて よろよろと歩いてきた 捕虜たちは
気づいて 動揺したようだが、ここまで来ると、
もう 逃げ道はない。
井出氏が 中国人捕虜の大量殺害を 目撃した時期は、
日本軍の入城・占領から、すでに 十数日が 経過していた。
当然ながら、すでに「戦闘中」 ではない。 にもかかわらず、
「大量、組織的」 な殺害が 遂行されていた というのだ。
松井大将が わざわざ「異例の訓示」で、「軍の暴行」にふれて
「批難、叱責した」 ほどだったが、その訓示と実際に目撃した
光景とは 相反するものであり、理解に苦しむものだった――
これが、 その時、その現場に居た者による 目撃証言だ。
犯罪捜査でも 裁判でも、犯行事実を証明する直接証拠となる。
南京虐殺事件に関しても、同様のことが 言える。
被害者や 目撃者の証言は、「直接証拠」 にほかならない。
当時の陸軍航空兵軍曹・飛行第8大隊付従軍記者、井出純二氏も
重要な 証言者の一人だ。 その手記を 以下に引用してみたい。
いわゆる南京虐殺事件は、十七日の入城式と 翌十八日の
慰霊祭を前に、治安の確立を焦った 日本軍が、
市民の間に逃げこんだ便衣兵を、大量に 狩り立てて
殺したのが 主体ではないか と推測する。
中支方面軍最高指揮官である松井大将が、慰霊祭における
訓示の中で、特に軍の暴行にふれて 批難、叱責したのも、
今後の再発を予見し、戒めてのことではなかったのか。
にもかかわらず、それから 十数日経った後、南京埠頭で
私が見た 光景は、なんと 解すべきか。
軍司令官の威令、日本の軍規は、なぜに そこまで
堕落していたのか。
ましてや 私が見た限りでは、大量、組織的、軍命令による
白昼堂々の “公的処刑” としか 見えなかったのは、
いったい どうしたことなのか。
私は、松井大将の声涙くだる異例の訓示と、この現実との
相関について、いまだに その解釈に 苦しんでいる。
(中略)
鉄橋の手前で、収容所から 運ばれてきたらしい
二十人ばかりの 中国人捕虜が トラックから降ろされ、
江岸へ 連行されて行く。
釈放するからと偽って 連れてきたのか、みんな 大きな
フロシキ包みをかかえ、厚い綿入りの冬服を 着ていた。
軍服姿は 見当らなかったが、二十、三十歳代の男が主で、
坊主刈りが 多いので、便衣兵かなあと 眺めていた。
江岸まで200メートルもあったろうか、道路のカーブを
曲ると、江岸の斜面から水際にかけて 処刑された死体が
ゾロゾロと 重なっている。
追い立てられて よろよろと歩いてきた 捕虜たちは
気づいて 動揺したようだが、ここまで来ると、
もう 逃げ道はない。
井出氏が 中国人捕虜の大量殺害を 目撃した時期は、
日本軍の入城・占領から、すでに 十数日が 経過していた。
当然ながら、すでに「戦闘中」 ではない。 にもかかわらず、
「大量、組織的」 な殺害が 遂行されていた というのだ。
松井大将が わざわざ「異例の訓示」で、「軍の暴行」にふれて
「批難、叱責した」 ほどだったが、その訓示と実際に目撃した
光景とは 相反するものであり、理解に苦しむものだった――
これが、 その時、その現場に居た者による 目撃証言だ。
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