海外派兵と独立運動弾圧(3)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/28 01:09 投稿番号: [196044 / 196466]
1919年に起きた
朝鮮民衆による
「3・1独立運動」
は、
中国の 学生や文化人たちにも、大きな影響を 与えた。
同年 5月4日、北京市内で 大学生たちが反日デモを実施した。
当初、5月7日の 国恥記念日を予定したが、日曜日のこの日に
変更した。 天安門広場には、約3,000人の学生が集まった。
プラカードには 「21か条を取り消せ」、「山東半島を返せ」、
「青島を返せ」 などと書かれていた。
日本は、ドイツ軍を破って 山東を占領したとき、中国や世界に
「山東は中国に返す」 と約束していたが、占領を継続したうえ、
パリで開かれた 第一次大戦の講和会議において 日本は
この山東半島の 領有権を要求し、列強に 認めさせていた。
もちろん、中国政府は 反発し、講和会議で 調印を拒否した。
中国の国民は こうしたいきさつから、日本に対する 怒りを
募らせていたのだ。 学生たちは、市民に ビラを配りながら
まず、日本公使館へ抗議しに行こうとしたが 警察に阻まれた。
逮捕者も出たが、多くの市民が 学生たちに 同調し、やがて
日本商品のボイコット運動など 排日運動が 続くことになる。
石橋湛山は、1921年7月21日付 『東洋経済』社説で
「一切を棄つるの覚悟」と題し、次のように 主張している。
我が国の総ての禍根は、小欲に囚われていることだ。(中略)
もし政府と国民に、総てを棄てて掛かるの覚悟があるならば、
必ず我に有利に導きえるに相違ない。例えば、満州を棄てる、
山東を棄てる、支那が我が国から受けつつありと考えうる
一切の圧迫を棄てる。 また朝鮮に、台湾に 自由を許す。
その結果はどうなるか。 英国にせよ、米国にせよ、非常の
苦境に陥るだろう。何となれば、彼らは日本にのみかくの如き
自由主義を採られては、世界における その道徳的地位を
保つ得ぬに至るからである。そのときには、世界の小弱国は
一斉に 我が国に向かって 信頼の頭を下ぐるであろう。
武力による他国への圧迫を止め、自ら進んで 植民地支配を止める。
そうすれば、日本の道徳的権威が高まるのみならず、世界列強による
植民地政策さえも転換せざるを得なくなる―― 石橋の主張は明快だ。
残念ながら 当時の日本は、石橋が言う「小欲」に 囚われ続けた。
満州や山東半島の権益を捨てず、朝鮮や台湾に自由を許さなかった。
そして、道徳的権威を 投げ捨て、自ら血なまぐさい戦争に走った。
結果、数多の命を失い、国土を焦土とし、惨敗するに至った。
アジア諸国の解放・独立は、そうした「小欲」にとらわれた日本帝国の
敗北・崩壊によって もたらされた 副産物にすぎない。
歴史的事実にてらせば、日本帝国に 民族独立・植民地解放の志向など
存在しなかったことは明白だ。日本軍が引き起こした戦争がきっかけで
植民地独立が 早まったとしても、それは 「結果論」 に過ぎない。
いまさら、植民地解放戦争だった などと、虚言を吐くのは恥知らずだ。
中国の 学生や文化人たちにも、大きな影響を 与えた。
同年 5月4日、北京市内で 大学生たちが反日デモを実施した。
当初、5月7日の 国恥記念日を予定したが、日曜日のこの日に
変更した。 天安門広場には、約3,000人の学生が集まった。
プラカードには 「21か条を取り消せ」、「山東半島を返せ」、
「青島を返せ」 などと書かれていた。
日本は、ドイツ軍を破って 山東を占領したとき、中国や世界に
「山東は中国に返す」 と約束していたが、占領を継続したうえ、
パリで開かれた 第一次大戦の講和会議において 日本は
この山東半島の 領有権を要求し、列強に 認めさせていた。
もちろん、中国政府は 反発し、講和会議で 調印を拒否した。
中国の国民は こうしたいきさつから、日本に対する 怒りを
募らせていたのだ。 学生たちは、市民に ビラを配りながら
まず、日本公使館へ抗議しに行こうとしたが 警察に阻まれた。
逮捕者も出たが、多くの市民が 学生たちに 同調し、やがて
日本商品のボイコット運動など 排日運動が 続くことになる。
石橋湛山は、1921年7月21日付 『東洋経済』社説で
「一切を棄つるの覚悟」と題し、次のように 主張している。
我が国の総ての禍根は、小欲に囚われていることだ。(中略)
もし政府と国民に、総てを棄てて掛かるの覚悟があるならば、
必ず我に有利に導きえるに相違ない。例えば、満州を棄てる、
山東を棄てる、支那が我が国から受けつつありと考えうる
一切の圧迫を棄てる。 また朝鮮に、台湾に 自由を許す。
その結果はどうなるか。 英国にせよ、米国にせよ、非常の
苦境に陥るだろう。何となれば、彼らは日本にのみかくの如き
自由主義を採られては、世界における その道徳的地位を
保つ得ぬに至るからである。そのときには、世界の小弱国は
一斉に 我が国に向かって 信頼の頭を下ぐるであろう。
武力による他国への圧迫を止め、自ら進んで 植民地支配を止める。
そうすれば、日本の道徳的権威が高まるのみならず、世界列強による
植民地政策さえも転換せざるを得なくなる―― 石橋の主張は明快だ。
残念ながら 当時の日本は、石橋が言う「小欲」に 囚われ続けた。
満州や山東半島の権益を捨てず、朝鮮や台湾に自由を許さなかった。
そして、道徳的権威を 投げ捨て、自ら血なまぐさい戦争に走った。
結果、数多の命を失い、国土を焦土とし、惨敗するに至った。
アジア諸国の解放・独立は、そうした「小欲」にとらわれた日本帝国の
敗北・崩壊によって もたらされた 副産物にすぎない。
歴史的事実にてらせば、日本帝国に 民族独立・植民地解放の志向など
存在しなかったことは明白だ。日本軍が引き起こした戦争がきっかけで
植民地独立が 早まったとしても、それは 「結果論」 に過ぎない。
いまさら、植民地解放戦争だった などと、虚言を吐くのは恥知らずだ。
これは メッセージ 196043 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
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