母夜叉runrun72の為に⑤
投稿者: jm_s1960 投稿日時: 2012/06/07 01:31 投稿番号: [189632 / 196466]
ご協力ありがとうございます。
★日本人が人間を喰う民族であることは公文書に記録がある★
中国に習俗としての食人を示す公文書は存在しませんが、日本には公文書(弁官布告)として残っています。
(明治05)1870(明治03)年04月15日:政府、人肝、霊天蓋(脳髄)、陰茎などの密売を厳禁。
つまり、明治のこの頃までは、人間のチンコや肝を食いたがるヤツが多く、密売が後を絶たなかったので、政府が禁令を出したわけです。用途は主に薬用だったようですが、金持ちの趣味なんかもあったらしい。
「遠野物語拾遺」第二九六話と第二九九話には、遠野町で5月5日に薄餅を、7月7日に筋太の素麺を食べる習慣の由来として、死んだ愛妻の肉と筋を食べた男の話が記録されている。
随筆『新著聞集』では、元禄年間に増上寺の僧が葬儀にあたって死者の剃髪をした際、誤って頭皮をわずかに削り、過ちを隠すためにそれを自分の口に含んだところ、非常に美味に感じられ、以来、頻繁に墓地に出かけては墓を掘り起こして死肉を貪り食ったという話がある[11]。戊辰戦争の折には幕府側総指揮官松平正質が敵兵の頬肉をあぶって酒のさかなにしたといい、また薩摩藩の兵が死体から肝臓を取り胆煮を食したという。
確実な記録には江戸四大飢饉の時に人肉を食べたというものがある。また天明の大飢饉の際には1784年(天明4年)弘前で人食いがあったと橘南渓が『東遊記』で述べている。
綏靖天皇が七人の人を喰った。日本の天皇も人を喰った。
現代日本人の食人代表は勝新太郎です。
俳優の勝新太郎は父の死に際して、その遺骨を「愛情」ゆえに食したと、本人が証言している。
パリ人肉事件
1981年6月11日、フランスの首都、パリに留学していた日本人留学生佐川一政(当時32歳)が友人のオランダ人女性留学生(当時25歳)を自宅に呼び出し、背後からカービン銃で射殺した。佐川は衣服を脱がせ屍姦したあと遺体の一部を生のまま食べ、また遺体を解体し写真を撮影して遺体の一部をフライパンなどで調理して食べた。
これは メッセージ 189627 (jm_s1960 さん)への返信です.
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