母夜叉runrun72の為に③
投稿者: jm_s1960 投稿日時: 2012/06/07 00:44 投稿番号: [189622 / 196466]
岩手県でも人肉を食べていた事例を紹介します。これは飢饉によるものです。
牛馬の肉を食するのはふつうで、人肉を食する者さえあり、老母の死体を五百文で売買し、嬰児(えいじ)を食う母親もあり
(胆沢町史より)
「明治大正昭和
事件犯罪大辞典」、「新聞集成
明治編年史」より。
明治25年
大分県
河野儀平
妻を殺して、その生肝を眼病の母に食べさせる。
明治26年
三重県
高島久次郎
墓を暴いて小児の死体を掘り出し、蒲焼にして食う。
明治35年
東京都
野口男三郎
少年を殺して臀部と踵の肉を切り取る。それで人肉スープを作り、ハンセン病の義兄に飲ませる。
明治35年
島根県
持田捨太郎
梅毒薬として利用するため、墓から人骨を掘り出す。人骨は黒焼きにし、木炭やイタチの黒焼きと配合して薬とした。
明治35年
大阪府
安藤小三郎
共同墓地の番人であった同人が生首を密売。
明治39年
長野県
馬場勝太郎
女性とその子ども、子守りの3人、さらに別の女性ひとりを殺害して、肝を取る。
「ハンセン病の薬にするので、女の肝を手に入れれば150円の報酬を払う」と“大阪の男”に誘われる。
明治40年
福島県
大竹某
墓から死体を掘り出して、梅毒薬を作る。
明治41年
三重県
小林助五郎、広松兄弟
7年間に渡って、火葬場の死体から脳漿を抉り出して「人油」として売る。
昭和8年
群馬県
火葬場従業員が性病患者に依頼されて、死体を焼かずに脳を密売。
火葬場の敷地内には焼かれなかった死体が1570体埋めてあった。
「九大の捕虜生体解剖人肉試食事件
太平洋戦争末期の1945年5〜6月、米軍捕虜8名を生きたまま解剖し、その肝臓を試食した事件。・・・起訴されたのは、(中略)解剖に付された捕虜1名の肝臓を食った少将・堀内清真ら5名である。」
これは メッセージ 189620 (jm_s1960 さん)への返信です.
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