日中関係

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横レス>事実誤認があるようですので

投稿者: Muxurou 投稿日時: 2001/07/17 00:00 投稿番号: [18584 / 196466]
>兄貴、思い出して下さい。あの1998年のアジア金融危機

当時のアジアの危機は、金融危機とは普通言いません。最初は通貨危機と認識され、最後にこれは経済全般の構造に問題があったための危機だ、との世界共通の認識に至って、経済危機と呼ばれるようになりました。

また危機の発生と拡大は、1997年であり、1998年には既にIMFの資金支援と、経済体質改善プログラムが開始されています。


>日本は東南アジア諸国の悲鳴を配慮に入れず

今回のアジア経済危機は、これまでの中南米・欧州型危機と全く違う性格を有するものでした。一番の特色は、アジア各国の財政が総じて健全であったことです。一般庶民の「過剰消費」もありませんでした。

しかるにIMFは、資金支援と引換えに、古式ゆかしい緊縮財政を基本とする経済構造改革プランを各国に押し付けようとしました。

これに強く反対したのが我国であり、アジア独自のアジアIMF構想を打上げ、積極的な財政支援を行う姿勢でした。これに猛反発したのが米国です。日本のやり方は、世界のIMF体制を崩すものだ、というのです。結局我国のアジアIMF構想は叩き潰されました。

しかしながら、IMFとの協調支援は日本としても最大限の努力を行い。その金額は世界でトップでした。日本の資金支援は、米国のようなどちらかと言えば政治力学の要素の強いものではなく、むしろ膨大な投資貿易関係を有するアジア諸国の経済環境を一日も早く復興させんという、経済性の観点からなるものだったと言えましょう。


>、日本円は引き続き転落、146までに。

残念ながら、間の悪いことに、当時の日本は未曾有の金融危機の予兆にあえいでいました。北海道拓殖銀行と山一証券等、大型の金融機関の破綻が相次ぎ、株価も為替も底知らずの状況だったのです。これは日本の長年にわたる金融行政のツケとも言えますが、いずれにせよ、日本はアジア諸国の支援に最大限の努力を行いつつも、自分の家の火事への対応に必死だったのです。
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