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Re: ■中共のチベット侵略

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2010/06/27 20:11 投稿番号: [183237 / 196466]
■1954年   東チベット   ゴロク族抵抗運動
中共軍がゴロク族の僧院数軒を焼き払ったことにより抵抗運動が発生する。
すでに東チベットではチベット人に強制労働を課し、
2万人の児童を親元から引き離し洗脳教育を施していた。
■1956年1月   東チベット   ゴロク地方抵抗運動激化
毛沢東は1000万人の漢人をチベットに移住させると宣言。
まず数千人の漢人を送り込んだがゴロク族と衝突する。
中共は2万人を増援し鎮圧する。
・高僧は中共が連れてきた売春婦と性交を強いられ、拒否すれば手足を切断するなどした。
・僧院長たちは自身の糞便を食わされ「仏陀はどうした?」と嘲笑された
・子供達の目の前で両親の頭に銃弾を打ち込んだ

この頃の国際法曹委員会報告書には
・25人の裕福な村人が人々の目の前で焼き殺された
・中京の学校入学を拒否した親が目に釘を打ち込まれた
などと記されている。


■1956年10月   ダライ・ラマ亡命準備
この頃には4万人の中共兵がラサ周辺に展開する

■1957年1月   ダライ・ラマ帰国
毛沢東の「併合断念の可能性」発言や周辺からの要請もありラサ帰還を決める。
この頃にはラサの中共軍は20万人となっている。
最初に侵攻されたカムでは既にチベット人に対する暴挙が始まっていた。
・チベット人にあらぬ罪を着せ、認めないとその妻を目の前で強姦する
・人々の前で性交を強要され、その後に処刑される
・僧侶と尼僧の性交を強要し、「これがチベット仏教だ」とあざ笑う

■1957年   米国大統領アイゼンハワー   チベット援助を決心
CIA工作員ジョン・リーガンはワシントンからの指令を受け抵抗運動の
状況分析を開始する。6人のチベット人を工作員として訓練する。

■1958年初頭   東チベット中共軍兵力増強
東チベットに15万人の中共軍を展開。
祖国奉仕という強制労働に両親が集中できるよう、
何千人もの子供がトラックに積み込まれ何処かに連れて行かれた。
それを阻止しようとした母親達は河に投げ込まれた。

■1958年8月   3度目の国連アピール
中共の僧院の破壊、略奪、虐殺、強姦など問題を列挙し、国際社会の介入を求めた

■1958年9月   CIAの支援開始
すでにチベット人工作員は現地に潜入。
CIAは武器を航空機から投下し始める。

■1959年3月10日   ラサで大規模デモ発生
3万人の市民がノルブリンカ離宮前に終結し独立を叫ぶ。
中共側は弾圧を準備し始める。

■1959年3月17日   ダライ・ラマ亡命
中共の威嚇が始まる。2発の砲弾がノルブリンカ離宮に命中する。
ダライ・ラマはインドを目指し宮殿を出る。

つづく

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