Re: 中国人講師「中国の教科書、95%デタラ
投稿者: cobapics0506z 投稿日時: 2010/05/16 00:34 投稿番号: [181945 / 196466]
>まあ、これに尽きるかな。コミュニケーションの手段として罵倒を一要素として認めているのを中国人の罵倒文化と言っているのだがね。
では、君はこのレス最後の所、こんなことを書いてあります。
>日本人は罵倒しないのか?むろん、するだろうが、その罵倒語が精々、馬鹿野郎、死んでしまえ、すっとこどっこい、みそ汁で顔を洗ってこい、おとといきやがれ、エトセトラ。まあ、こんな言葉でも日常的に無意識に使いはしないがね。使うとすれば非常に仲が良くて気の置けない相手に冗談まじりで言うか、本当に喧嘩をふっかける場合か。<
どう見ても、罵倒語の馬鹿など、日本人のコミュニケーションに機能し、不可欠な要素としていますよ。喧嘩の時はやはり罵倒するのですよね?喧嘩の時でしないと思ったよ。笑。
違いはどこ?俺は罵倒を言語現象、言語表現の一環、一要素として素直に認めるが、君は言葉を選びつくして、客観にある日本語の罵倒語を認めたくないだけの話です。
>普通の日本人は、汚い言葉を口にすることで自分自身を恥じる。だから、単語を知っていても使わない。
事象と裏がある。汚い言葉を口にすることで、自分自身を恥じるのは、あくまでモラルの問題であって、作り出した以上、君の推論に従えば、それは日本文化の一要素だ。さもなければ、現代日本語に存在する理由がなくなる。
>これも詭弁。言ったでしょ、九官鳥だって教えれば、お前のカァちゃん、でべそ、位言う。つまり、言語の豊富さなど無関係に、罵倒を口にすることなど当たり前の人間にとっては当たり前と言うこと。罵倒は言語能力と関係があるのではなく、あくまでそれを遣う心のあり方の問題だと言うことだわ。<
笑。君はわかっていません。罵倒も技術あると思いますよ。当然表現力範囲のことで、言語能力と関係していますよ。
坦々としていればいいです。わざと相手を不愉快に罵倒しなければ、理解できます。逆に罵倒が文化の中で深く根ざしているのに、それを素直に認めようとせず、日本文化は上品、日本人は上品、みたいな論調を張るなら、結末は見えている。
これは メッセージ 181941 (riseidekanngaeru さん)への返信です.
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