中国の教科書2
投稿者: gagababa_kk 投稿日時: 2001/06/22 01:53 投稿番号: [18014 / 196466]
二、日中関係史に関する記述
1,日中戦争の起因に関する記述
教科書①のⅡでは、「1929-1933年までの経済危機は、(ドイツと同様に)日本に対しても大きな打撃を与えた。……(中略)厳しい政治・経済危機から抜き出すために、日本では軍部を中心としたファシズム好戦的な勢力は迅速的に台頭し、対外的侵略・拡張を積極的に煽動した。1931年9月18日、日本は前々からたくらんでいた中国侵略戦争を引き起こし、まもなく、中国の東北全域を占領した。アジアにおける世界大戦の策源地はこれで形成された。……(中略)(2・26事変は)成功しなかったが、軍部の勢力はますます強大になり、新内閣は完全に彼らの言いなりになり、急速に全面軍国主義化された。日本の軍部によるファシズム独裁はほぼ成立された。1937年7月7日、日本帝国主義は全面的な中国侵略戦争を挑発した」。戦争は政治の延長であり、政局変化の起因は経済という基盤の中から見いださなければならない。経済危機とファシズムの台頭から、中国侵略戦争の原因を説明したこの記述は、歴史唯物論運用の典型例とも言える。しかし、こうした分析はあまりにも単純明快で、当時の主要資本主義諸国はだいたい同じ危機に晒されていたにもかかわらず、なぜ日本だけが軍国主義・ファイズムの道に乗り出したのかについての説明は無力感がある。
教科書③の第4冊では、関東軍参謀本部が作成した「満蒙問題解決案」の中身を3項目に分けて紹介した。陸軍の手によって作成されたこれらの文書は後に戦争特に中国の東北地方(旧満州)侵略の指導方針となった場合が多く、戦争起因の一つとして指摘されたことは正解であろう。しかし、これと関連して日本ではかなり盛んに議論されていた「戦争責任」問題は、中国ではほとんど問題にされなかった。
2,「大東亜共栄圏」と日中戦争・太平洋戦争に関する記述
「大東亜共栄圏」あるいは近衛内閣によって提起された「東亜新秩序論」に対して、中国側の教科書は例外なく激しい批判を展開した。「全面的な中国侵略戦争に突入した日本侵略者は、数年後、すぐにも中国軍と民衆による抗日戦争のおう洋たる大海に陥った。しかし、日本侵略者はさらに侵略を拡大し、東南アジアと南西太平洋にわたる広々地域を自分の植民地にしたく、『大東亜共栄圏』を作ろうとした。そのため、米英との矛盾もますます激化した。機先を制するために、1941年12月日本は太平洋上最大のアメリカ軍事基地真珠湾を襲撃し、太平洋戦争を引き起こした」。ここには、注目すべきところが2点ある。1つ目は、「大東亜共栄圏」の侵略性・虚偽性に対する指摘であり、2つ目は太平洋戦争の帝国主義戦争性に対する指摘である。つまり、日本と米英との関係で言えば、太平洋戦争は帝国主義国家同士間が戦利品の奪い合いをめぐって展開した戦争である。
中国では、抗日戦争(日中戦争)と太平洋戦争を、連結があるが性格は違った二つの戦争としてとらえるのは学界の大方の意見である。抗日戦争の全体の歴史的意義について、「中国の抗日戦争は世界的反ファシズム戦争の重要な一部分であり、中国戦場は日本ファシズムによる侵略と対抗した主な戦場である。中国の抗日戦は、ヨーロッパ及びアジアその他の地域における反ファシズム戦争の勝利に対して重要な戦略的な協力作用を果たした」と、高校用の教科書では主にその「反ファシズム戦争」という側面を強調した。
1,日中戦争の起因に関する記述
教科書①のⅡでは、「1929-1933年までの経済危機は、(ドイツと同様に)日本に対しても大きな打撃を与えた。……(中略)厳しい政治・経済危機から抜き出すために、日本では軍部を中心としたファシズム好戦的な勢力は迅速的に台頭し、対外的侵略・拡張を積極的に煽動した。1931年9月18日、日本は前々からたくらんでいた中国侵略戦争を引き起こし、まもなく、中国の東北全域を占領した。アジアにおける世界大戦の策源地はこれで形成された。……(中略)(2・26事変は)成功しなかったが、軍部の勢力はますます強大になり、新内閣は完全に彼らの言いなりになり、急速に全面軍国主義化された。日本の軍部によるファシズム独裁はほぼ成立された。1937年7月7日、日本帝国主義は全面的な中国侵略戦争を挑発した」。戦争は政治の延長であり、政局変化の起因は経済という基盤の中から見いださなければならない。経済危機とファシズムの台頭から、中国侵略戦争の原因を説明したこの記述は、歴史唯物論運用の典型例とも言える。しかし、こうした分析はあまりにも単純明快で、当時の主要資本主義諸国はだいたい同じ危機に晒されていたにもかかわらず、なぜ日本だけが軍国主義・ファイズムの道に乗り出したのかについての説明は無力感がある。
教科書③の第4冊では、関東軍参謀本部が作成した「満蒙問題解決案」の中身を3項目に分けて紹介した。陸軍の手によって作成されたこれらの文書は後に戦争特に中国の東北地方(旧満州)侵略の指導方針となった場合が多く、戦争起因の一つとして指摘されたことは正解であろう。しかし、これと関連して日本ではかなり盛んに議論されていた「戦争責任」問題は、中国ではほとんど問題にされなかった。
2,「大東亜共栄圏」と日中戦争・太平洋戦争に関する記述
「大東亜共栄圏」あるいは近衛内閣によって提起された「東亜新秩序論」に対して、中国側の教科書は例外なく激しい批判を展開した。「全面的な中国侵略戦争に突入した日本侵略者は、数年後、すぐにも中国軍と民衆による抗日戦争のおう洋たる大海に陥った。しかし、日本侵略者はさらに侵略を拡大し、東南アジアと南西太平洋にわたる広々地域を自分の植民地にしたく、『大東亜共栄圏』を作ろうとした。そのため、米英との矛盾もますます激化した。機先を制するために、1941年12月日本は太平洋上最大のアメリカ軍事基地真珠湾を襲撃し、太平洋戦争を引き起こした」。ここには、注目すべきところが2点ある。1つ目は、「大東亜共栄圏」の侵略性・虚偽性に対する指摘であり、2つ目は太平洋戦争の帝国主義戦争性に対する指摘である。つまり、日本と米英との関係で言えば、太平洋戦争は帝国主義国家同士間が戦利品の奪い合いをめぐって展開した戦争である。
中国では、抗日戦争(日中戦争)と太平洋戦争を、連結があるが性格は違った二つの戦争としてとらえるのは学界の大方の意見である。抗日戦争の全体の歴史的意義について、「中国の抗日戦争は世界的反ファシズム戦争の重要な一部分であり、中国戦場は日本ファシズムによる侵略と対抗した主な戦場である。中国の抗日戦は、ヨーロッパ及びアジアその他の地域における反ファシズム戦争の勝利に対して重要な戦略的な協力作用を果たした」と、高校用の教科書では主にその「反ファシズム戦争」という側面を強調した。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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