中国の教科書4
投稿者: gagababa_kk 投稿日時: 2001/06/22 01:46 投稿番号: [18012 / 196466]
4,終戦に関する紹介
日本ではいつの間にか、「敗戦」という言葉はすっかりと「戦後」という言い方に取って代われてしまった。しかし、中国では毎年の8月15日、「戦後」を記念するのではなく、「戦勝日本法西斯○○周年(日本ファシズム戦勝○○周年)」の記念式を行い、戦勝者と戦敗者の切れ目をごまかそうとした動きを許そうとしない姿勢が強調されている。
教科書①Ⅱには「ポツダム宣言と日本の投降」という節があり、日本敗戦までの歴史を次のように述べている。「1945年8月の始め、日本は未だ投降の意思を表明していないので、アメリカはこの時日本の広島と長崎に前後して2発の原子爆弾を投下した。この期間、ソ連は日本に対して宣戦し、赤軍は中国の東北地方と朝鮮に入った。アジア諸国の人民も同時に奮起し、日本帝国主義に対する最後の一撃を与えた。日本帝国主義はすでに絶体絶命に瀕した。8月14日、天皇は御前会議を開いた。会場には痛み悲しむ空気が溢れ、日本の困窮した状態を見て、発言者はみな声涙ともに下り、投降を決定した。みだりに武力を用いる侵略者はついに自業自得の悪果を嘗めた」。アジア諸国の民衆の反日闘争はもちろんのこと、アメリカの原爆投下を含めた日本に対する戦争行為をも反ファシズム戦争の一環として捉えた姿勢が明白である。
しかし、「日本帝国主義」「侵略者」など概念の内包は、かなり限定された者であると伺える。アジアへの加害者は「日本国民」や「日本」そのものではなく、あくまで「日本帝国主義」「日本ファシズム」である。日本国民の大半はむしろ「被害者」として扱われ、中国人民と同様な苦難を嘗めてきたと紹介されている。
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