Re: 簡略体を批判されてとにかく
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/10/01 23:42 投稿番号: [173268 / 196466]
>へ、
仏教経典が抽象でないと言いたいか。
十分抽象だよ。だが、文字の学習が出来ない一般庶民には理解不能。文書の読解だけがすべての知識階級が理解できたかも知れない。文字体系が学習に困難であると指摘したのだが、その意味も理解できないのはすでに思考力がないからだろうな。
文字を自由に使いこなせない人間の知識はどうしても限られる。自分が直接見聞きした物以外経験できないからだ。学ぶのに難しすぎる文字体系が問題だと言っているのだ。
>ドイツの医薬用語については、
日本語では翻訳ではなくて、カタカナで表現しているんだろう。
最近は英語が多い。いずれにせよ、音をそのまま表記して使えるなら手っ取り早い。だから、日本語があっても外来語を音訳してそのまま使うケースが多い。写真機という替わりにカメラという方が一般的になってきている。電子計算機という言葉もあるが、コンピューターと言った方が簡単だからカタカナ表記にする。日本語の柔軟性は新造語の創りやすさもそうだが外来語を簡単に取り入れられる点にもある。
>だから、日本は門戸の開放が早い分、または数人の天才がいたからだよ。
そりゃそうだ。だが、その新しい言葉が瞬く間に庶民に広がり受け入れられたから今普通の日本語になっている。一般人が文字を読み書きできたおかげだな。この違いだよ。
>ないものには、言葉での表現しようもない。
そのような場合は日本語は簡単にカタカナで音訳表記してお終い。便利だろうが。
>旧来中国のない文明、西洋文化について、どう表現するの?
古代の中国では、経済に関した動機、行為、概念がないから、言葉の表現がないのも当たり前のことだろう。
中国人はそう考えた。ないもんはしゃぁねえだろう。だが、日本人は、じゃあ、新しい言葉を創ろうと考えた。今までない概念が入ってきたら新しい言葉を創るのは日本人にとっては全く抵抗がない。中国人は無い物は無い、しゃぁない。その違い。
>西洋的な経済、社会などついての概念のないままの漢字を取り入れた日本にも、ずっとない概念だろう。
「世の中」、「世間」など。
日本でもどこでも社会が発展してくれば新しい概念は入ってくる。仏教が入って来て始めて仏、十界、極楽、地獄、因果などの概念を日本人は知った。おそらく、今でもキリスト教徒には理解しきれないだろう。
これらの仏教の新しい概念は、多くは音訳されて今でもそのまま使われている。仏陀とか、菩薩、涅槃など。当時はカタカナがまだ一般にはつかわれていなかったら漢字のまま取り入れただろうし、それはいま西欧語をカタカナ表記するのと変わらない。それでも概念はきちんと理解された。
ー 続く
仏教経典が抽象でないと言いたいか。
十分抽象だよ。だが、文字の学習が出来ない一般庶民には理解不能。文書の読解だけがすべての知識階級が理解できたかも知れない。文字体系が学習に困難であると指摘したのだが、その意味も理解できないのはすでに思考力がないからだろうな。
文字を自由に使いこなせない人間の知識はどうしても限られる。自分が直接見聞きした物以外経験できないからだ。学ぶのに難しすぎる文字体系が問題だと言っているのだ。
>ドイツの医薬用語については、
日本語では翻訳ではなくて、カタカナで表現しているんだろう。
最近は英語が多い。いずれにせよ、音をそのまま表記して使えるなら手っ取り早い。だから、日本語があっても外来語を音訳してそのまま使うケースが多い。写真機という替わりにカメラという方が一般的になってきている。電子計算機という言葉もあるが、コンピューターと言った方が簡単だからカタカナ表記にする。日本語の柔軟性は新造語の創りやすさもそうだが外来語を簡単に取り入れられる点にもある。
>だから、日本は門戸の開放が早い分、または数人の天才がいたからだよ。
そりゃそうだ。だが、その新しい言葉が瞬く間に庶民に広がり受け入れられたから今普通の日本語になっている。一般人が文字を読み書きできたおかげだな。この違いだよ。
>ないものには、言葉での表現しようもない。
そのような場合は日本語は簡単にカタカナで音訳表記してお終い。便利だろうが。
>旧来中国のない文明、西洋文化について、どう表現するの?
古代の中国では、経済に関した動機、行為、概念がないから、言葉の表現がないのも当たり前のことだろう。
中国人はそう考えた。ないもんはしゃぁねえだろう。だが、日本人は、じゃあ、新しい言葉を創ろうと考えた。今までない概念が入ってきたら新しい言葉を創るのは日本人にとっては全く抵抗がない。中国人は無い物は無い、しゃぁない。その違い。
>西洋的な経済、社会などついての概念のないままの漢字を取り入れた日本にも、ずっとない概念だろう。
「世の中」、「世間」など。
日本でもどこでも社会が発展してくれば新しい概念は入ってくる。仏教が入って来て始めて仏、十界、極楽、地獄、因果などの概念を日本人は知った。おそらく、今でもキリスト教徒には理解しきれないだろう。
これらの仏教の新しい概念は、多くは音訳されて今でもそのまま使われている。仏陀とか、菩薩、涅槃など。当時はカタカナがまだ一般にはつかわれていなかったら漢字のまま取り入れただろうし、それはいま西欧語をカタカナ表記するのと変わらない。それでも概念はきちんと理解された。
ー 続く
これは メッセージ 173257 (jpjptmd2004 さん)への返信です.
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