Re: 欧州と琉球。
投稿者: sintyou6 投稿日時: 2008/06/20 22:05 投稿番号: [165716 / 196466]
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琉球にやって来た英国艦ライラ号のバジル・ホール艦長の日記より
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10月25日は我国(英国)の国王陛下即位記念日に当たるため、アルセスト号、ライラ号に満艦飾を施し我々は祝砲を放った。このことは数日前に予告してあったので多くの島民が浜辺に集まり、派手に飾り立てた船を見て驚いている様子が見えた。それまでは毎週日曜日に掲げられる英国旗しか見たことがなかったからだ。
この日は先の琉球王子の訪問に対して答礼を行なうことにしてあったので、我々は午後から正装した20名の水兵を連れて上陸した。
王子は寺院(臨海寺)の門から進み出てマクスウェル艦長を出迎え手を取って寺院の中に案内した。
宴会には12種類の料理と酒、茶が供される豪華なもので、それまで見たことのない料理も何種類かあった。主に肉料理で、我々が琉球に来て初めて見るパンのようなものも出されていた。
アルセスト号にて王子から頂いた数多くの贈物に対する返礼として、マクスウェル艦長からは極上の布地やカット・グラスのデカンタ、十種類のブドウ酒などが贈られた。私からもマクスウェル艦長の何分の一かの贈物を差し上げた。
また水兵個人からも、先に王子から記念品を頂いていた者は返礼の品を贈った。
王子はそれらを一通り見渡すと、立ち上がって、
「過分な品を頂いた」
と挨拶した。これに対し我々は、これまで王子から頂戴したものに比べればほんの僅かであり、我々が受けた親切と厚意に対する感謝の表れであると答えた。
やがて酒宴が始まり、我々は琉球国王のために、王子たちは英国国王の健康を祝して乾杯した。
我々は主にブドウ酒を常飲するが、これに慣れた者たちにとって琉球の酒は非常に上質に感じられた。
この為、あちこちのテーブルで盛んに祝杯が挙げられ、水兵たちも上機嫌であったが、決して酩酊して興醒めをさそうような者は出なかった。
王子たちや側近の従者、参会したすべての琉球人たちも同じであった。
宴会を通して、彼らも我々も極めて紳士的な交流をもつことが出来た。
宴が終わり我々が寺院を出る時、王子はマクスウェル艦長の手を取って門まで送り、さらに舗道にまで進み出た。艦長はそこでまた繰り返し我々が受けた多くの配慮と親切に対して、英国政府の名において感謝の念を表し、この気持ちをぜひ琉球国王にお伝え願いたいと述べた。そして我々が受けたすべての歓待の模様は、余すところなく英国政府に伝わるであろうことも約束した。
王子の満足そうなお辞儀を受けて、マクスウェル艦長は最後に首から掛けていた銀の小型寒暖計を取って王子の首に掛けた。王子は自ら首を述べて艦長の厚意に応えていた。
首に寒暖計を掛けるのはいささか奇妙に思われるかも知れないが、これは我々が習得した、琉球人への厚意の伝え方に他ならなかった。
琉球の人々は皆、極めて慎み深いので、何か贈物をしたい時はそれが彼らの好意に対する返礼と思われるような形でなければ絶対に受け取ろうとしないのである。しかし単なる装飾品や、そんなに高価には思われないもの、また我々が普段身に着けているものであれば、彼らは拒む事なくかえって喜んで受け入れてくれることを、我々は知ったのであった。
そういうことから我々の中では、相手に贈りたいものがあれば大抵の物にはリボンを付けて首に掛けておくということが流行ってしまったのだった。
こうして我々は皆、次々に首に掛けていたものを王子の側近や従者の人々に差し上げた。
王子以下の人々の喜びようは大そうなものであった。
王子は再びマクスウェル艦長の手を取り、我々を浜辺まで送ってくれたのであった。
ボートが岸を離れ、我々は全員立ち上がって万歳を三唱した。
王子たちは組み合わせた手を胸まで上下させる拱手礼で何度もこれに応えてくれた。
そして長い間、我々に向かって扇を振っている姿が見え続けたのであった。>>
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10月25日は我国(英国)の国王陛下即位記念日に当たるため、アルセスト号、ライラ号に満艦飾を施し我々は祝砲を放った。このことは数日前に予告してあったので多くの島民が浜辺に集まり、派手に飾り立てた船を見て驚いている様子が見えた。それまでは毎週日曜日に掲げられる英国旗しか見たことがなかったからだ。
この日は先の琉球王子の訪問に対して答礼を行なうことにしてあったので、我々は午後から正装した20名の水兵を連れて上陸した。
王子は寺院(臨海寺)の門から進み出てマクスウェル艦長を出迎え手を取って寺院の中に案内した。
宴会には12種類の料理と酒、茶が供される豪華なもので、それまで見たことのない料理も何種類かあった。主に肉料理で、我々が琉球に来て初めて見るパンのようなものも出されていた。
アルセスト号にて王子から頂いた数多くの贈物に対する返礼として、マクスウェル艦長からは極上の布地やカット・グラスのデカンタ、十種類のブドウ酒などが贈られた。私からもマクスウェル艦長の何分の一かの贈物を差し上げた。
また水兵個人からも、先に王子から記念品を頂いていた者は返礼の品を贈った。
王子はそれらを一通り見渡すと、立ち上がって、
「過分な品を頂いた」
と挨拶した。これに対し我々は、これまで王子から頂戴したものに比べればほんの僅かであり、我々が受けた親切と厚意に対する感謝の表れであると答えた。
やがて酒宴が始まり、我々は琉球国王のために、王子たちは英国国王の健康を祝して乾杯した。
我々は主にブドウ酒を常飲するが、これに慣れた者たちにとって琉球の酒は非常に上質に感じられた。
この為、あちこちのテーブルで盛んに祝杯が挙げられ、水兵たちも上機嫌であったが、決して酩酊して興醒めをさそうような者は出なかった。
王子たちや側近の従者、参会したすべての琉球人たちも同じであった。
宴会を通して、彼らも我々も極めて紳士的な交流をもつことが出来た。
宴が終わり我々が寺院を出る時、王子はマクスウェル艦長の手を取って門まで送り、さらに舗道にまで進み出た。艦長はそこでまた繰り返し我々が受けた多くの配慮と親切に対して、英国政府の名において感謝の念を表し、この気持ちをぜひ琉球国王にお伝え願いたいと述べた。そして我々が受けたすべての歓待の模様は、余すところなく英国政府に伝わるであろうことも約束した。
王子の満足そうなお辞儀を受けて、マクスウェル艦長は最後に首から掛けていた銀の小型寒暖計を取って王子の首に掛けた。王子は自ら首を述べて艦長の厚意に応えていた。
首に寒暖計を掛けるのはいささか奇妙に思われるかも知れないが、これは我々が習得した、琉球人への厚意の伝え方に他ならなかった。
琉球の人々は皆、極めて慎み深いので、何か贈物をしたい時はそれが彼らの好意に対する返礼と思われるような形でなければ絶対に受け取ろうとしないのである。しかし単なる装飾品や、そんなに高価には思われないもの、また我々が普段身に着けているものであれば、彼らは拒む事なくかえって喜んで受け入れてくれることを、我々は知ったのであった。
そういうことから我々の中では、相手に贈りたいものがあれば大抵の物にはリボンを付けて首に掛けておくということが流行ってしまったのだった。
こうして我々は皆、次々に首に掛けていたものを王子の側近や従者の人々に差し上げた。
王子以下の人々の喜びようは大そうなものであった。
王子は再びマクスウェル艦長の手を取り、我々を浜辺まで送ってくれたのであった。
ボートが岸を離れ、我々は全員立ち上がって万歳を三唱した。
王子たちは組み合わせた手を胸まで上下させる拱手礼で何度もこれに応えてくれた。
そして長い間、我々に向かって扇を振っている姿が見え続けたのであった。>>
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これは メッセージ 165706 (sintyou6 さん)への返信です.
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