欧州と琉球。
投稿者: sintyou6 投稿日時: 2008/06/20 19:33 投稿番号: [165706 / 196466]
薩摩の侵攻以来、琉球の歴史には決して光り輝く事項が記載されることはなかった。
しかし1816年、尚灝王の時代に琉球に来た英国人バジル・ホールが、その航海記を西洋に紹介したことは、彼の地にて琉球とその人々の実像を正確に伝え、多くの人々に知れ渡って行った。
その航海記、『朝鮮沿岸及び大琉球島航海探検記』
は、当時の製本技術、色彩印刷技術の粋を集めた豪華本として出版され、後年欧米の読書界、知識層の間で紀行文学の古典的名著とまで称されるに至っている。
当時の西洋人たちはこの航海記を通して、琉球が稀に見るほどの高度な徳義感溢れる人たちの国であり、西洋の物質文明、商業主義、重商主義の発達で急速に失われつつあった人道性を、この国とその人々が持ち続けていることに驚嘆し、遠洋から琉球を訪れた訪問者たちはそのことを余すことなく母国の同胞に書き送っていたのである。
バジル・ホールは琉球の民の存在を西洋社会に知らせる役目を担ったのであるが、その影響を示す話を紹介してみよう。
>(その1) バジル・ホールが航海記を出版してすぐに、英国の著名な文芸評論誌『エジンバラ・レビュー』はこれを取り上げた。ホールと共に琉球を訪れた医師ジョン・マクロードによる『アルセスト号朝鮮大琉球島探検記』と共に、この二つの著書ほど心暖まる感慨を以って読者に迫る著述は他にないと絶賛した。 その最大の賛辞が同時に、「これら南海の民から我々英国民は多くの事を学ぶべきである」として、高徳の念に溢れる琉球の民に贈られる形になっていることを、我々は片時も忘れてはならない。
「琉球人は友好的で信頼のおける民族だ。しかも、こよなく幸せな民族だ。島民の多くは、天が与えてくれたその才能と自ら養った知識の片鱗(ヘんりん)を示してくれた。海に囲まれた島国であることを考えると、いよいよ驚きだ。絶海の孤島に閉じ込められると、どんな民族でも偏狭で卑屈になるものだ。ところが、わが友の琉球民族にはこの理屈は全くあてはまらないのだ。」
(その2) 極東の航海から帰国したバジル・ホールはその翌年、セント・ヘレナ島に幽閉されていたナポレオン・ボナパルトと会見している。その時、かれはナポレオンに琉球のことを紹介した。平和で武器を持たぬ国が東洋の東の果てにあることを聞いたナポレオンは、唖然としたという。
バジル・ホール著による『朝鮮沿岸及び大琉球島航海探検記』、ジョン・マクロード著による『アルセスト号朝鮮代琉球島探検記』、この二つの著書ほど心暖まる感慨を以って読者に迫る著述を我々は他に知らない。未知の世界に関する珍しい諸事実を教えてくれるのはもちろんであるが、これらの著述が読者をひきつけてやまないのはそういったものよりも、むしろ書中にあふれる徳義感、高徳の念とでも言うべきものによってである。
ホールの記述する大琉球沖縄の民ほど好感のもてる民族はおそらく他にないであろう。彼らは善良の民にして、品行方正たることを信条とし、誰一人として礼節の念に欠ける者がない。道徳、処世訓を説いて世に聞こえる、かのチェスターフィールド伯爵の弟子といえども、これら南海の民の間にあっては、おそらくは彼らより学ぶべき多くのものがあろうとも、彼らに教え得るものは、まず絶対にないであろう。
かの未知の島々において、マックスウェル艦長あるいはホール艦長のような良識ある人物によって英国が代表されたことを我々はこよなく誇りに思う。そしてかの大琉球島の人々が、わが英国そしてヨーロッパを判断するに、これらの人物そしてその一行を以ってするであろうことを希望してやまない。
もともと好戦的で荒っぽい海の男たち、女気のない社会にあって家庭的な暖かさ優しさといったものにほど遠い男たちが、こうして暖かい人間性、同朋の感に触れ、荒々しい感情を忘れて善意に満ちた交歓をこれらの島民との間に果たしている有様ほど我々の目を見張らせるものはない。
これらの島民が、いかに善良な人たちだとはいえ、その島民と接する他国の者たちが、かりに教養の低い者たちであったとしたら、たちまちにして島民をあなどったりしたことであろうし、また実際そのようなさげすみの対象ともなりうる事がらを島民の間に見つけるのはそれほど難しいことでもなかっただろう。
思うに、このような感情が全く存した様子のないのには全く感嘆させられるばかりである。英国乗組員すべてが、この温和な島民の見せる親切心と心からなるもてなしに全く敬服し、島の人たちのためにはおのれの生来の荒っぽさをほとんど捨て去り、紳士が淑女に接する如き優しさと思いやりとを以って島民に対しているのである。>>
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当時の西洋人たちはこの航海記を通して、琉球が稀に見るほどの高度な徳義感溢れる人たちの国であり、西洋の物質文明、商業主義、重商主義の発達で急速に失われつつあった人道性を、この国とその人々が持ち続けていることに驚嘆し、遠洋から琉球を訪れた訪問者たちはそのことを余すことなく母国の同胞に書き送っていたのである。
バジル・ホールは琉球の民の存在を西洋社会に知らせる役目を担ったのであるが、その影響を示す話を紹介してみよう。
>(その1) バジル・ホールが航海記を出版してすぐに、英国の著名な文芸評論誌『エジンバラ・レビュー』はこれを取り上げた。ホールと共に琉球を訪れた医師ジョン・マクロードによる『アルセスト号朝鮮大琉球島探検記』と共に、この二つの著書ほど心暖まる感慨を以って読者に迫る著述は他にないと絶賛した。 その最大の賛辞が同時に、「これら南海の民から我々英国民は多くの事を学ぶべきである」として、高徳の念に溢れる琉球の民に贈られる形になっていることを、我々は片時も忘れてはならない。
「琉球人は友好的で信頼のおける民族だ。しかも、こよなく幸せな民族だ。島民の多くは、天が与えてくれたその才能と自ら養った知識の片鱗(ヘんりん)を示してくれた。海に囲まれた島国であることを考えると、いよいよ驚きだ。絶海の孤島に閉じ込められると、どんな民族でも偏狭で卑屈になるものだ。ところが、わが友の琉球民族にはこの理屈は全くあてはまらないのだ。」
(その2) 極東の航海から帰国したバジル・ホールはその翌年、セント・ヘレナ島に幽閉されていたナポレオン・ボナパルトと会見している。その時、かれはナポレオンに琉球のことを紹介した。平和で武器を持たぬ国が東洋の東の果てにあることを聞いたナポレオンは、唖然としたという。
バジル・ホール著による『朝鮮沿岸及び大琉球島航海探検記』、ジョン・マクロード著による『アルセスト号朝鮮代琉球島探検記』、この二つの著書ほど心暖まる感慨を以って読者に迫る著述を我々は他に知らない。未知の世界に関する珍しい諸事実を教えてくれるのはもちろんであるが、これらの著述が読者をひきつけてやまないのはそういったものよりも、むしろ書中にあふれる徳義感、高徳の念とでも言うべきものによってである。
ホールの記述する大琉球沖縄の民ほど好感のもてる民族はおそらく他にないであろう。彼らは善良の民にして、品行方正たることを信条とし、誰一人として礼節の念に欠ける者がない。道徳、処世訓を説いて世に聞こえる、かのチェスターフィールド伯爵の弟子といえども、これら南海の民の間にあっては、おそらくは彼らより学ぶべき多くのものがあろうとも、彼らに教え得るものは、まず絶対にないであろう。
かの未知の島々において、マックスウェル艦長あるいはホール艦長のような良識ある人物によって英国が代表されたことを我々はこよなく誇りに思う。そしてかの大琉球島の人々が、わが英国そしてヨーロッパを判断するに、これらの人物そしてその一行を以ってするであろうことを希望してやまない。
もともと好戦的で荒っぽい海の男たち、女気のない社会にあって家庭的な暖かさ優しさといったものにほど遠い男たちが、こうして暖かい人間性、同朋の感に触れ、荒々しい感情を忘れて善意に満ちた交歓をこれらの島民との間に果たしている有様ほど我々の目を見張らせるものはない。
これらの島民が、いかに善良な人たちだとはいえ、その島民と接する他国の者たちが、かりに教養の低い者たちであったとしたら、たちまちにして島民をあなどったりしたことであろうし、また実際そのようなさげすみの対象ともなりうる事がらを島民の間に見つけるのはそれほど難しいことでもなかっただろう。
思うに、このような感情が全く存した様子のないのには全く感嘆させられるばかりである。英国乗組員すべてが、この温和な島民の見せる親切心と心からなるもてなしに全く敬服し、島の人たちのためにはおのれの生来の荒っぽさをほとんど捨て去り、紳士が淑女に接する如き優しさと思いやりとを以って島民に対しているのである。>>
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