Re: 支那でも倭でもどんどん使おう(壱)
投稿者: cobapics0506z 投稿日時: 2007/03/11 00:38 投稿番号: [133389 / 196466]
>Japでも「倭」でもどんどん使っていいというのには贊成だが、少し、細かいところを指摘しておく。<
あっそうですか。達観だな。笑・・・
どうぞ、どうぞご遠慮せずにご教示ください。
>「支那」は何度も言うように Sino,Sina,China,Tsina として世界的に廣まっている語彙だが、Wo,Wae,Wa(倭)は東アジアだけで西洋などには廣まっていない。<
これは、どうもあなたらしくない言い方ですね。
「何度も言うように」だと?いい?怒らないでね。
何度でも言えば、それらしい根拠を挙げないで、何度言っても俗説は俗説。それを鵜呑みにして【支那】という言葉を、それらヨーロッパ系語一緒くたにするのは、バカでもなければ出来そうにないこと。
大体さあ、漢訳仏経にその訳語の根拠を求めるなら、漢訳仏経はどんな時代のサンスクリット語で書かれたものを、訳したのを知るべきではないか。
古典サンスクリット語は、13世紀以降、イスラム支配によってアラビヤ語経由、英語を始め、ヨーロッパ系言語に影響を及ぼしたサンスクリットとは、雲泥の差がある。その間インドにおいても様々な言語が入り乱れ、入れ替えられていた。その表記もさまざまでした。例えば中国、日本などの伝わった梵語悉壇もその一種。発音も表記も全く違い、千年もの間隔を有した両系統の言葉に、【支那】がそれらとは「同じ言葉」だって、言えることか?
「支那」よりも、震旦の方が古代日本ではよっぽとポピュラーではなかったか?例えば『今昔物語』『震旦郷』の地名と伝説・・・
>だから「支那」に対する引き合いに「倭」を出すのは少し無理がある。<
それはどうかな?
出発点が違えば、当然違う見方はあろうけど、一部「支那」の死語を摘みだして使用する倭人には、【倭】の侮蔑的意味を持って返すのが至極当然ではあるまいか。
>これは間違い。
「やばん」は倭語でなく漢語。<
ここではその発音の近似を言っているに過ぎない。
(弐)とする所を読みました。いみふめ〜というより無意味です。飛び越えて(参)に行きましょう。
>ただ、Japan を「野蛮」と書く者がいたら、相当頭の悪い人間だ。<
これは先に言ったように、JAPANの意味、発音は【野蛮】との近似を言っている。何もそのまま置き換えるとは言っていません。
現にそんな理解を示す人がいますけどね。
>また、「倭」を「和」に略すのが「文化の破壊行為」という意見はあってしかるべきだが、支那人は「聽」を「听」に、「昇」を「升」にするような省略を行っている。その辺、「和」を「倭」に戻すにしても、日本と支那でやっている漢字簡略化をやめるのと連動してやった方がいい。<
「支那」と「倭」についてのお話は、漢字の簡略とは、風馬牛のこと。あまり関係ない。
>Japanを「野蛮」と書くのは「支那」という言い方にブチ切れた支那人が使って自己満足をしている場合にありうる話。<
あははは・・・
今でも中国と中国人のことを「支那」と連発する奴の方がよっぽと自己満足しているに見えるが。
最後はお勧め事。つまり掲示板の状況確認。
あるいは「ヨミ」と言いましょうか。
一旦死に掛けた「支那」の言葉を、中国と中国人にいう奴はこそはガキです。俺は最初から、そういう倭人と実しやかに議論しようと思っていません。
そういう奴を、蔑称として「倭人」と呼べばそれでいい。罵倒しても一向に構わない。
あっそうですか。達観だな。笑・・・
どうぞ、どうぞご遠慮せずにご教示ください。
>「支那」は何度も言うように Sino,Sina,China,Tsina として世界的に廣まっている語彙だが、Wo,Wae,Wa(倭)は東アジアだけで西洋などには廣まっていない。<
これは、どうもあなたらしくない言い方ですね。
「何度も言うように」だと?いい?怒らないでね。
何度でも言えば、それらしい根拠を挙げないで、何度言っても俗説は俗説。それを鵜呑みにして【支那】という言葉を、それらヨーロッパ系語一緒くたにするのは、バカでもなければ出来そうにないこと。
大体さあ、漢訳仏経にその訳語の根拠を求めるなら、漢訳仏経はどんな時代のサンスクリット語で書かれたものを、訳したのを知るべきではないか。
古典サンスクリット語は、13世紀以降、イスラム支配によってアラビヤ語経由、英語を始め、ヨーロッパ系言語に影響を及ぼしたサンスクリットとは、雲泥の差がある。その間インドにおいても様々な言語が入り乱れ、入れ替えられていた。その表記もさまざまでした。例えば中国、日本などの伝わった梵語悉壇もその一種。発音も表記も全く違い、千年もの間隔を有した両系統の言葉に、【支那】がそれらとは「同じ言葉」だって、言えることか?
「支那」よりも、震旦の方が古代日本ではよっぽとポピュラーではなかったか?例えば『今昔物語』『震旦郷』の地名と伝説・・・
>だから「支那」に対する引き合いに「倭」を出すのは少し無理がある。<
それはどうかな?
出発点が違えば、当然違う見方はあろうけど、一部「支那」の死語を摘みだして使用する倭人には、【倭】の侮蔑的意味を持って返すのが至極当然ではあるまいか。
>これは間違い。
「やばん」は倭語でなく漢語。<
ここではその発音の近似を言っているに過ぎない。
(弐)とする所を読みました。いみふめ〜というより無意味です。飛び越えて(参)に行きましょう。
>ただ、Japan を「野蛮」と書く者がいたら、相当頭の悪い人間だ。<
これは先に言ったように、JAPANの意味、発音は【野蛮】との近似を言っている。何もそのまま置き換えるとは言っていません。
現にそんな理解を示す人がいますけどね。
>また、「倭」を「和」に略すのが「文化の破壊行為」という意見はあってしかるべきだが、支那人は「聽」を「听」に、「昇」を「升」にするような省略を行っている。その辺、「和」を「倭」に戻すにしても、日本と支那でやっている漢字簡略化をやめるのと連動してやった方がいい。<
「支那」と「倭」についてのお話は、漢字の簡略とは、風馬牛のこと。あまり関係ない。
>Japanを「野蛮」と書くのは「支那」という言い方にブチ切れた支那人が使って自己満足をしている場合にありうる話。<
あははは・・・
今でも中国と中国人のことを「支那」と連発する奴の方がよっぽと自己満足しているに見えるが。
最後はお勧め事。つまり掲示板の状況確認。
あるいは「ヨミ」と言いましょうか。
一旦死に掛けた「支那」の言葉を、中国と中国人にいう奴はこそはガキです。俺は最初から、そういう倭人と実しやかに議論しようと思っていません。
そういう奴を、蔑称として「倭人」と呼べばそれでいい。罵倒しても一向に構わない。
これは メッセージ 133363 (sinagakusya_sinologist さん)への返信です.
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