日中関係

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sinagakusya_sinologistさんへ

投稿者: palmereldritch608 投稿日時: 2007/02/25 19:04 投稿番号: [132214 / 196466]
いくつか投稿を拝見いたしました。
「支那」の禁圧が、かえって「支那」を蔑称化している。という指摘はまったくの同感です。支那禁圧論者は自分たちこそが、「支那」を蔑称にしてしまっているということに、気付くべきでしょう。

さて、貴方の文中に、疑問の点があり質問させていただきます。
「まず、日本人がシナ語を自分たちの言葉として使うことが重要です」というくだりなのですが、どういう意図で言われているのか、少々分かりかねるのです。日本人がシナ語の中で「支那」を使うべきと言っているとしか思えないのです。

貴方の使われたソシュール用語でいくと、ソシュールはパロールではなく、ラングを言語の本質であると考えていたはずです。パロールからのラングへの逆影響は無視出来ないにせよ、一応これは正しいのではないかと私は考えております。
 
ラングを本質とみなすこの言語規定は、以下のような事例について、一定の回答を与えるはずです。つまり、バナナ、パイナップル、メロンといった外来語、あるいは外国語そのものが、日本語の文中で使用された場合、これらの語はいったい何語といえるのか?という問題です。ラングが言語の本質であるのだとすれば、これらの語は当然日本語のラングに組み込まれているわけですから、日本語であるということになるはずですね。
 
つまり、「支那」が日本語のなかで使用された場合、その起源の如何を問わず、「支那」は日本語であると言えるはずです。したがって、私や、おそらくは貴方もそうだと思いますが、「支那」は日本語であり、「支那」呼称問題は日本語の問題である、と考えることが、正しいということになります。
 
しかし、少し観点を変えると、「支那」がシナ語の中で使用された場合はシナ語であり、「支那」が日本語の中で使用された場合は日本語である。とも言えるはずです。

つまり、シナ語で「支那」を使用する、というのでは、この日本語の問題としての「支那」呼称問題の解決策というより、まったく異なる問題に置き換えてしまっているだけのように思えるのです。
誤読、曲解ありましたら、お許しください。ご返答いただければ幸いです。
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