Re: 大人とは?
投稿者: sintyou5 投稿日時: 2007/02/12 19:30 投稿番号: [131511 / 196466]
>>かつて三島由紀夫は、戦前の徴兵制度が、「若者の夢の裁判所」であると評した。若者をかなわぬ夢から覚醒、断念させ、可能な現実に引き戻すという意味だろう。徴兵制度は、若者に自らの限界を悟らせるという側面も持っていたのだ。
誰もが、なんらかの限界を持っている。私は、今この歳からプロ野球選手には絶対になれないだろうし、おそらくは若くてもなれなかったに違いない。
この自らの限界に関する意識とは、生の外部、(すなわち死を意識するところ)から生まれ出るものだ。人生が一回性のものであることを知ることで、誰もが不可能な夢を追うことを止め、現実に立ち返り、自分に出来ることを目指そうとする。>>
( )の部分は違うと思います。
>>徴兵経験が、若者に何らかの変化をもたらすのだとすれば、それは戦時における自分の死を意識することで、自らを限界付けることであり、また敵国と対峙する共同体の外部を垣間見ることによって、自らが属する共同体の儚さや可憐さを知悉させ、共同体を限界付けることによるものである。かくして、彼は共同体の中での自分の果たすべき役割を知り、自分が共同体に対して何らかの責任を負っていることを知るのである。
大人になるとは、国家や共同体の成員としてふさわしい人格を身につけること以外にはない。>>
↑
これは、現在の状況とは、全く異なると思います。
>>「ああ玉杯に花受けて」という一校寮歌がある。*(済みませんが少し削除します)そんなことをすれば、もはや知識人ではないからである。>>
>>村人たちが酒宴を開いている「治安の夢」とはこのトピの言葉で言うなら、「お花畑」と言うことになるだろうか。しかし大人になるとは、この「お花畑」の外部を知ることを抜きにはありえないはずだ。「お花畑」を守り、秩序付けているルールはそこではもはや通用しない。
もし現代日本人が、大人に成り切れないとするなら、自分たちの住む「お花畑」がしょせんは仮構に過ぎずないという、現実を知ろうとはしないからではないか?彼らにとって世界とは、延々とどこまでも続くお花畑なのだ。かくして、お花畑のルールをどこまでも拡張し、果ては外国人にまで人権や、平等を付与しろなどという、白痴的な主張を繰り広げるのである。>>
↑
言っている事は全く逆じゃないですか?お花畑に薔薇や、オリーブ油、麦角を持ってこようと云う様なものです。それが恐怖であれば、再度鎖国をすれば良い事だけです。
>>移民を認める前に、まず移民、とりわけ帰化人に対しては、わが国に対する、断固たる忠誠と敬意を要求すべきでしょう。国籍とは、いざ戦争となった場合、どちらの旗を持つのかという選択に他ならないはずです。憲法九条はこの本質的問題を、蔑ろにしています。>>
まあ、当たっているんじゃないですか?ハワイの日系米国兵の欧州での活躍はとみに知られている事です。
>>この様な憲法下で移民を認めることは、日本人を増やすというより、不埒な無国籍人を増やすだけのことなのです。在日朝鮮人問題の本質はここにあります。私の知る限り、彼らの殆どは憲法九条の支持者です。しかし、彼らが平和主義者というわけではありませんよ。戦争や、九条の撤廃は、国民としての義務や制約から逃れている彼らにとって、非常に都合が悪いというだけの、ご都合主義に過ぎないのです。この様な人間をこれ以上国内に増加させることが、この国の利益になるとは私には到底思えません。
優秀な人材なら、と言うかもしれませんが、優秀な人材ならなおさらに危険でしょう。移民受け入れの前に、早急に憲法を改正する必要があります。>>
移民と憲法第9条との関係が、よく分かりません。
。
誰もが、なんらかの限界を持っている。私は、今この歳からプロ野球選手には絶対になれないだろうし、おそらくは若くてもなれなかったに違いない。
この自らの限界に関する意識とは、生の外部、(すなわち死を意識するところ)から生まれ出るものだ。人生が一回性のものであることを知ることで、誰もが不可能な夢を追うことを止め、現実に立ち返り、自分に出来ることを目指そうとする。>>
( )の部分は違うと思います。
>>徴兵経験が、若者に何らかの変化をもたらすのだとすれば、それは戦時における自分の死を意識することで、自らを限界付けることであり、また敵国と対峙する共同体の外部を垣間見ることによって、自らが属する共同体の儚さや可憐さを知悉させ、共同体を限界付けることによるものである。かくして、彼は共同体の中での自分の果たすべき役割を知り、自分が共同体に対して何らかの責任を負っていることを知るのである。
大人になるとは、国家や共同体の成員としてふさわしい人格を身につけること以外にはない。>>
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これは、現在の状況とは、全く異なると思います。
>>「ああ玉杯に花受けて」という一校寮歌がある。*(済みませんが少し削除します)そんなことをすれば、もはや知識人ではないからである。>>
>>村人たちが酒宴を開いている「治安の夢」とはこのトピの言葉で言うなら、「お花畑」と言うことになるだろうか。しかし大人になるとは、この「お花畑」の外部を知ることを抜きにはありえないはずだ。「お花畑」を守り、秩序付けているルールはそこではもはや通用しない。
もし現代日本人が、大人に成り切れないとするなら、自分たちの住む「お花畑」がしょせんは仮構に過ぎずないという、現実を知ろうとはしないからではないか?彼らにとって世界とは、延々とどこまでも続くお花畑なのだ。かくして、お花畑のルールをどこまでも拡張し、果ては外国人にまで人権や、平等を付与しろなどという、白痴的な主張を繰り広げるのである。>>
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言っている事は全く逆じゃないですか?お花畑に薔薇や、オリーブ油、麦角を持ってこようと云う様なものです。それが恐怖であれば、再度鎖国をすれば良い事だけです。
>>移民を認める前に、まず移民、とりわけ帰化人に対しては、わが国に対する、断固たる忠誠と敬意を要求すべきでしょう。国籍とは、いざ戦争となった場合、どちらの旗を持つのかという選択に他ならないはずです。憲法九条はこの本質的問題を、蔑ろにしています。>>
まあ、当たっているんじゃないですか?ハワイの日系米国兵の欧州での活躍はとみに知られている事です。
>>この様な憲法下で移民を認めることは、日本人を増やすというより、不埒な無国籍人を増やすだけのことなのです。在日朝鮮人問題の本質はここにあります。私の知る限り、彼らの殆どは憲法九条の支持者です。しかし、彼らが平和主義者というわけではありませんよ。戦争や、九条の撤廃は、国民としての義務や制約から逃れている彼らにとって、非常に都合が悪いというだけの、ご都合主義に過ぎないのです。この様な人間をこれ以上国内に増加させることが、この国の利益になるとは私には到底思えません。
優秀な人材なら、と言うかもしれませんが、優秀な人材ならなおさらに危険でしょう。移民受け入れの前に、早急に憲法を改正する必要があります。>>
移民と憲法第9条との関係が、よく分かりません。
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これは メッセージ 131329 (palmereldritch608 さん)への返信です.
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