日中関係

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20世紀最大の元凶 コミンテルンと中国人3

投稿者: sada_goro 投稿日時: 2006/10/24 19:07 投稿番号: [125904 / 196466]
中国や朝鮮は,何かというと軍国主義の日本といいますが,軍国主義というものを分かりやすく言い換えると,力で弱いもの(国民や弱小民族)を押さえつけ搾取し,強いもの(他の大国)に対しては自分の体制を維持するために媚びへつらう行政の仕方といえるのではないでしょうか
はてこれはどこの国のことか知らんと思ってしまいます

相手が弱いと見ると本性を剥き出しにして,ゆすり,たかり,暴力をふるうのはどこの民族の特性でしょうか
歴史を捏造してまで,たかろうとする国が,現在も我が国の周りにも幾つかあります

ところで,昭和の初期,支那事変が起きる前に日本は軍事大国だったでしょうか
軍国主義だったでしょうか

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ラルフ・タウンゼント 1938年(昭和13年)9月刊
『アジアにアメリカの敵はいない!』
America has no enemies in Asia!
より

◇ 中国軍の規模と軍備について(抜粋・要約)
  ・・・ 支那事変の数年前の中国軍は世界最大であった。『ニューヨーク・タイムズ』紙の特派員ハレット・アベンド氏によれば、1930年(昭和5年)の中国軍は250万という
・・・
  『チャイナ・イヤーブック』の編集者、H・G・ウッドヘッド氏も1935年(昭和10年)著書『極東報道探検』で「中国軍の総数225万」と書いている。

両氏の数字に違いがあるが、その原因の一つは、中国軍は脱走して盗賊を働き、また復帰する、ということを繰り返すからである。

  『サンフランシスコ・クロニクル』等の記者は、中国には軍需工場はないと書いている。ところが、5年前の1933年(昭和8年)版『チャイナ・イヤーブック』では,2頁も費やして軍需工場の一覧表を掲載しているのである。1909年(明治42年)の『大英百科事典』には、大砲を製造できる大工場が六つ紹介されている。

1931年(昭和6年)、日本が奉天を占領する前は、中国の軍需工場は世界最大級で、外国人の技術者を含め、従業員2万人と言われたものである。
ところが、(アメリカの)新聞はこうした事実を避けて報じない。「棒切れや太古の剣のようなもので戦う中国人」と報じるのが流行である。

  現在の日中の争いが始まる直前、米中双方の極左系の情報紙は「圧倒的優位な中国軍」と触れ回っていた。「抗日戦の準備万端整い、勝利間違いなし。すぐにでも始めたい」と。ところが、始まった途端、「中国はきわめて平和を愛する国で、丸腰のまま、何の警告もなく圧倒的優位な敵に襲われた」と宣伝したのである。
  明白な証拠に照らしてみると、1927年(昭和2年)から1937年(昭和12年)まで、中国は日本よりはるかに多くの軍事費を使っていたのは明らかである。日本よりはるかに多い軍事費を使わなければ、中国全土に展開する200万の兵士に武器弾薬を供給することは不可能だったはずである。日本の常備軍は中国の九分の一でしかなかった。

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このように,アメリカでは弱い丸腰の中国人を虐殺して回る日本兵ということになっていますが,実際は条約に基づいて居住している日本人が支那人や支那兵に虐殺され,その保護のために日本が軍隊を出したというところです

当時中国は軍閥(ほとんど匪賊や盗賊のあつまり)が跋扈し治安も生活も非常に不安定だった
租界といわれる外国人の居留地のみが安心して暮らせるところだった
(つづく)
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