選択幅極めて狭い支那の対日政策
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/10/03 22:20 投稿番号: [5156 / 9280]
選択幅極めて狭い中国の対日政策
■ひたすら安定第一の党エリート
≪失敗に帰した対日接近策≫
安倍晋三内閣の発足に合わせて、胡錦濤・中国は対日関係の修復に乗り出すのではないかと想像する人が多い。
この機会に胡錦濤・中国が小泉純一郎内閣の時代に日本を標的にして行った2回の試み、それらが失敗に終わった経緯を振り返って、中国の対日政策の明日を探る。
1回目の試みは、中国は日本と親密な関係を構築しようとして、国内と日本に向けての宣伝啓蒙工作だった。「対日新思考」という見出しが日本の新聞、雑誌に載ったことがあると言えば、読者は思いだすだろう。2002年から2003年のことだった。
「対日新思考」は日本を侮蔑する態度を改め、日本のすべてに反対する政策を捨て去ろうというものだった。厳重なメディア規制がある中で、繰り返し、粘り強く、こうした主張が唱え続けられたのは、中国共産党の最高機関で審議・決定された方針であり、党総書記の胡錦濤氏が賛成した計画だったということだ。
余計な話を加えよう。胡錦濤氏が何よりも気にしているのは、彼の内政外交は江沢民路線の追随に終始している、そして江時代よりも劣るといった内外の評であろう。
胡氏が江時代の歪(ゆが)んだ、硬直的な日本に対する姿勢を変えたいと思ったのは理に適うことだった。日本をしっかり味方に引き入れることに成功すれば、沖縄の人々はその島のアメリカ軍基地の縮小、返還を叫ぶようになる。独立を望む台湾人を孤立させることもでき、東アジア、東南アジアを中国の勢力圏にしてしまい、アメリカの巨大な軍事力を西太平洋から追い出すこともできるのではないか。このように考えたのであろう。
ところが、対日接近政策を自国民に根付かせるための運動は、にっちもさっちも行かなかった。インターネットを利用する若者たちが、「対日新思考」を唱える先覚を「奸漢」「売国奴」と罵倒、「お前は日本人か」「ぶっ殺してやる」と脅迫し、わずかな賛成論をも葬り去った。
胡氏はインターネット世論に勝つ術がないとあきらめ、そっと対日接近策を捨てた。
≪恐怖の深淵見た官製デモ≫
胡錦濤氏の2回目の挫折は次の通りだ。昨年の3月か4月、中国共産党の最高機関は日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに反対することを決めたようであった。中国国民の大きな反対があるという名分をつくろうとして、北京の日本大使館、上海の日本総領事館に官製デモをかけさせようとした。
最高幹部たちが、そんな小細工に頼ったのは、気の咎(とが)めがあったからかもしれない。それより2年前の「対日新思考」の「私的な」計画案には日本の安保理常任理事国入りを中国は認めるべきだという主張もあったのである。
ところが、デモは官製デモで終わらなかった。インターネットを利用し、さらにはケータイを使う若者たちに最高幹部たちは再び勝つことができなかった。参加者は勝手に増えていき、大きな社会不満を持った出稼ぎ労働者や失業者、ゴロツキも加わって、街頭を制圧してしまった。予定の時刻に終わるはずのデモは、2日、3日、1週間と続く暴力デモ、反党デモに変わってしまう情勢となった。
北京の党中央が逡巡(しゅんじゅん)している間に、上海市の党幹部はデモを禁じ、新聞社説で警告した。暴力デモが日本の商社、工場への乱入、放火といった事態となってしまったら、上海の不動産価格は暴落し、中国のバブル経済の崩壊へと続く。上海市の党の判断、処置が正しかったのである。胡錦濤氏は恐怖の深淵をのぞいたように思ったはずだ。
≪刺激避けたいネット世論≫
行き場のない不満と怒りを抱く若い世代がつくりあげたインターネット世論は、粗暴で攻撃的である。中国のネット利用者は現在、1億1000万人にも上る。党指導部はインターネット世論の攻撃対象を日本に限らせるように努めてきた。対日接近政策を再度試みても、インターネット世論に勝てるはずがない。
もうひとつ、インターネット世論を刺激する軽はずみなことをしたら、どんな事態になるのかも党指導部は承知するようになっている。日本、台湾、アメリカに緊張政策を仕掛けてインターネット世論を興奮、暴走させるようなことは絶対にしてはならない。
いまやスーパーリッチになっている中国共産党エリート集団の願いは「安定(穏定)第一」以外にはない。
中国の対日政策は、インターネット世論が「火の河」「水の河」となるのを警戒し、その間の細道、「二河白道(にがびゃくどう)」を細心に歩むしかない。
【正論】鳥居民
2006年10月1日、産経新聞
■ひたすら安定第一の党エリート
≪失敗に帰した対日接近策≫
安倍晋三内閣の発足に合わせて、胡錦濤・中国は対日関係の修復に乗り出すのではないかと想像する人が多い。
この機会に胡錦濤・中国が小泉純一郎内閣の時代に日本を標的にして行った2回の試み、それらが失敗に終わった経緯を振り返って、中国の対日政策の明日を探る。
1回目の試みは、中国は日本と親密な関係を構築しようとして、国内と日本に向けての宣伝啓蒙工作だった。「対日新思考」という見出しが日本の新聞、雑誌に載ったことがあると言えば、読者は思いだすだろう。2002年から2003年のことだった。
「対日新思考」は日本を侮蔑する態度を改め、日本のすべてに反対する政策を捨て去ろうというものだった。厳重なメディア規制がある中で、繰り返し、粘り強く、こうした主張が唱え続けられたのは、中国共産党の最高機関で審議・決定された方針であり、党総書記の胡錦濤氏が賛成した計画だったということだ。
余計な話を加えよう。胡錦濤氏が何よりも気にしているのは、彼の内政外交は江沢民路線の追随に終始している、そして江時代よりも劣るといった内外の評であろう。
胡氏が江時代の歪(ゆが)んだ、硬直的な日本に対する姿勢を変えたいと思ったのは理に適うことだった。日本をしっかり味方に引き入れることに成功すれば、沖縄の人々はその島のアメリカ軍基地の縮小、返還を叫ぶようになる。独立を望む台湾人を孤立させることもでき、東アジア、東南アジアを中国の勢力圏にしてしまい、アメリカの巨大な軍事力を西太平洋から追い出すこともできるのではないか。このように考えたのであろう。
ところが、対日接近政策を自国民に根付かせるための運動は、にっちもさっちも行かなかった。インターネットを利用する若者たちが、「対日新思考」を唱える先覚を「奸漢」「売国奴」と罵倒、「お前は日本人か」「ぶっ殺してやる」と脅迫し、わずかな賛成論をも葬り去った。
胡氏はインターネット世論に勝つ術がないとあきらめ、そっと対日接近策を捨てた。
≪恐怖の深淵見た官製デモ≫
胡錦濤氏の2回目の挫折は次の通りだ。昨年の3月か4月、中国共産党の最高機関は日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに反対することを決めたようであった。中国国民の大きな反対があるという名分をつくろうとして、北京の日本大使館、上海の日本総領事館に官製デモをかけさせようとした。
最高幹部たちが、そんな小細工に頼ったのは、気の咎(とが)めがあったからかもしれない。それより2年前の「対日新思考」の「私的な」計画案には日本の安保理常任理事国入りを中国は認めるべきだという主張もあったのである。
ところが、デモは官製デモで終わらなかった。インターネットを利用し、さらにはケータイを使う若者たちに最高幹部たちは再び勝つことができなかった。参加者は勝手に増えていき、大きな社会不満を持った出稼ぎ労働者や失業者、ゴロツキも加わって、街頭を制圧してしまった。予定の時刻に終わるはずのデモは、2日、3日、1週間と続く暴力デモ、反党デモに変わってしまう情勢となった。
北京の党中央が逡巡(しゅんじゅん)している間に、上海市の党幹部はデモを禁じ、新聞社説で警告した。暴力デモが日本の商社、工場への乱入、放火といった事態となってしまったら、上海の不動産価格は暴落し、中国のバブル経済の崩壊へと続く。上海市の党の判断、処置が正しかったのである。胡錦濤氏は恐怖の深淵をのぞいたように思ったはずだ。
≪刺激避けたいネット世論≫
行き場のない不満と怒りを抱く若い世代がつくりあげたインターネット世論は、粗暴で攻撃的である。中国のネット利用者は現在、1億1000万人にも上る。党指導部はインターネット世論の攻撃対象を日本に限らせるように努めてきた。対日接近政策を再度試みても、インターネット世論に勝てるはずがない。
もうひとつ、インターネット世論を刺激する軽はずみなことをしたら、どんな事態になるのかも党指導部は承知するようになっている。日本、台湾、アメリカに緊張政策を仕掛けてインターネット世論を興奮、暴走させるようなことは絶対にしてはならない。
いまやスーパーリッチになっている中国共産党エリート集団の願いは「安定(穏定)第一」以外にはない。
中国の対日政策は、インターネット世論が「火の河」「水の河」となるのを警戒し、その間の細道、「二河白道(にがびゃくどう)」を細心に歩むしかない。
【正論】鳥居民
2006年10月1日、産経新聞
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