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昔からの人肉食文化3

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2006/04/05 23:33 投稿番号: [4805 / 9280]
p191「ここで、一筆食人の風について触れておこう。宋・元の間には唐代ほどはこの蕃風の記録はない。しかし、趙与シ(宝慶1225〜28の進士)の伝えるところによれば、宋初、外戚の王継勲は洛陽の長だった折、民家の子女を腰元に使い、少しでも気に入らぬと殺して食べちゃった。骨は瓶に貯めておき、溜まると野外に捨てていた。太宗即位と共に彼を捕え、洛陽の市中で斬に処した。与シと近いころにも、欽州(広西)の林千之が食人の罪で籍を削られ、海南島に流されたという。
  また『帰潜志』によれば、金末、近衛の軍人上りの牙虎帯は、部将とその妻達をあつめて宴会を張ったことがある。その折、一将の妻女が豚肉を食べない(回教徒だろう)と言ったので、為に代わりの肉饅頭をすすめた。彼女が大変美味だと礼を述べたところ、笑って「豚は嫌いだが、人肉は御気に召したようだね」と答え、お陰で彼女は大いに吐き、数日寝こんだとある。なお、こんな暴状があるにかかわらず、朝廷は彼には歯が立たず、結局当り前に畳の上で病死をしている。
  舞台は北宋末だが、元代に成立した小説『水滸伝』にも、食人のケースは幾つか出ている。江州武為軍で怨敵黄文ヘイを捕えた宋江以下が、生きながら解剖して焼いて食べたのは、恨みをはらす為だから、まだしもだ(四十一回)。孟州十字坡の茶店で、母夜叉孫二娘が菜園子張青ともども旅人を麻酔にかけ、肥った男は黄牛、痩せたのは水牛肉として売っていたのは、単なる商売用なのだから、恐れ入る(二十七回)。」

p324(清代)「このついでに、また食人について一寸触れておく。と言っても、蕃族が食べたのではない、蕃族が食べられたのである。金川の大叛乱の折、籠城した漢人達が兵粮が尽きたので、ついに捕えた蕃族をたべた。たべた部位による味を(後日の参考のために)くわしく書いて中央に報告したが、中でも陰茎はフカフカして一番不味だったとか。

北京に実報という小新聞があった。昔の東京の万朝報みたいに市井の瑣事を書いて呉れるので、私の北京学学習の好資料だったが、その中に囲みもので、主に清末民初の逸聞が連載されていた。これはその中の一記事だ。」

宮崎氏のメルマガに投稿された、(からかろ、熊本)氏の投稿を引用させて頂きました。
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