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昔からの人肉食文化1

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2006/04/05 23:26 投稿番号: [4803 / 9280]
伊首相の中国食人発言に関してちょっと情報です。

中国人の悪習に過ぎないものを、旧日本軍の残虐行為のごとく喧伝されるに到っては黙ってはいられません。理論武装の一助として、乏しい知識の一端を。既に絶版になってますが『中国食物史』(篠田統著、柴田書店、初版昭和49年)という篤実な労作があります。
中国史を膨大な資料にもとづき「食」の観点でとらえたユニークな通史です。そして、著者の偏見なき目配りの良さの一端が、中国の食人癖について淡々と触れた後述引用の各節にもっともよく現れています。ながくなりますが、引用させてください。なお、頁数は私が保有している初版四刷(昭和52年6月、函入布装)に依っています。<>は引用者注で、主として用字に関する註です。

(引用開始)p22「春秋に入っても、斉の桓公の料理人易牙<エキガ>もその国政にあずかっている。因みに、桓公が美食に飽きて人肉を所望したとき、易牙がわが子を料理して差上げたことは有名な伝承である。以後、この国の食物史に人肉食の実例は度々出てくるが、、、、、」

p122-123「唐代をおえるにあたって、この国の食人癖について付け加えておこう。
飢饉や戦争での食人はしばしば出てくる。一寸前になるが、南朝梁の叛将侯景は南京城をあれだけの目にあわせたので、人々の怨みは深く、彼が王僧辯<言ではなくりっとう>に捕殺された時、民衆は武帝の娘なる彼の細君ともども、肉は食べて終い、骨は焼いて灰にして、酒に入れて飲んでしまった。
が、随・唐以後歴史の表面に大きく出てくるのは、趣味、または嗜好としての食人である。

隋末唐初の流賊朱燦<火偏なし>は二十万の手下をつれて天下を横行し、糧が尽きると所在の民衆を食べている。到るところで小児・婦人を料理して部下一同に配り、赤ん坊の蒸したのを特に好んだ。人から人肉の味をきかれると「のんべの肉が一番だ」と答えた。以上は正史に出ているので、小説、たとえば煬帝の運河開鑿をとりあつかった『開河記』などには、もっともっと物凄い例が出ている。
 
則天武后(在位690〜705)の時、杭州臨安の尉(警察部長?)セツ震は人肉好きで、借金を取り立てに来た男と従者とを共に食べてしまい、更にその後家さんに魔手をのばしたが、逃げられ、一件発覚して杖殺された。旋州刺史(長官)の独孤荘も人肉好きだったが、さすがに人を殺すまではせず、奴婢の死んだのを食べていた。
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