対米全面テロ

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「戦後」60年_6

投稿者: pyu_pyu_kitakaze 投稿日時: 2005/07/30 16:07 投稿番号: [173699 / 177456]
〜函館出身の見習い士官が中国人に殺された。分隊長は「この集落の人間は皆殺しだ」と泣きながら怒った。夜、家の戸を小銃でたたき、女性二人を連れ出す。女性は恐ろしさのあまり震えている。「山本ちょっと来い」。「山本参りました」。

  分隊長は「おまえ、まだ人間を突いたことないだろうから今、突け」と命じる。「自分は突けないであります」と私。「山本、分隊長の命令は何だと思う。上官の命令は恐れ多くも大元帥(天皇)陛下の命令だぞ」

  後ろで分隊長がにらんでいる。私は仕方なく、心の中で「許してください」と謝って女性の脇を銃剣で突いた。戦後六十年たった今でもその時の女性の「グワ」という声が脳裏から離れない。

  この少し前、分隊長は畑で捕まえた男性を裸にし後ろから刺した。「痛い」という悲鳴に家から飛んできた十七、八歳の娘が「父は何も知らないから許してほしい」と訴えたが、分隊長に銃剣で胸を突かれ息絶えた。

  一九四五年(昭和二十年)五月から七月ごろにかけて、中国の黄河の南方。私は前年十二月、旭川の第七師団に入隊したばかりの初年兵だった。当時、二十歳。第一線で日本軍人が中国人を犬猫同然に扱うのを見た。

  後方からの食糧受け取りがうまくいかないと、中国人集落から略奪した。ある村は、他の部隊が襲ったあとだった。上官(上等兵)は頭に来て、ちょうど帰ってきた六十歳ほどの中国人の腕を縛り、棒で殴って「この穴に入ってイモを持ってこい」と、室(保存庫)に押し込んだ。上から火をつけた乾燥草を入れ、約五十キロの石でふたをした。老人が石を押しのけて上がり、池に飛び込んで逃げると、上等兵はれんがを投げつけた。

  セリの帰りに牛を引いた親子三人の男性が日本軍に捕まった。「腕組みしていて、ふていヤツ」という理由だった。牛二頭は道端で打ち殺された。親子は河川敷に引きずり下ろされ、五メートル間隔に立たされた。古年次兵は中国人一人につき十人ほどの初年兵に銃剣で突かせていた。心臓以外を突かせ、中国人が座り込むと、無理やり立たせた。本当にむごかった。

http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/senkanokioku/no01/03.php3

北海道新聞「戦後六十年 〜戦禍の記憶〜」
http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/senkanokioku/index.php3
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