Jamail氏レポートの翻訳
投稿者: pyu_pyu_kitakaze 投稿日時: 2004/12/01 19:23 投稿番号: [172406 / 177456]
・・・先にカキコしたIPS通信の記事。すこしだけだが、文章に違うところがあるようだけれど。
☆★ダール・ジャマイルのイラク速報
http://dahrjamailiraq.com
2004年11月30日
無視されるファルージャ救援
バグダッド、11月30日発(IPS):
イラク保健相はファルージャを避難した数十万人に十分な支援を
提供しないでいる。バグダッドの医者たちは、なぜ住民や避難民たち
に保健省から支援がない(orほとんどない)のか困惑している。
「今夏のナジャフの戦闘のときには、事態はこんなではなかった」と
バグダッドに住む外科医のリアド・フセインは話した。「ナジャフのた
めには多くの支援と移動式の手術室もあった。しかしファルージャの
ためには、何もしない。なぜなのか?」。
この医者は政治判断であるように思われると指摘した。「保健相は
シーア派だ」と彼は言った。「彼がファルージャのようなスンニ派教徒
の都市を助けようとするとは思わない」。
包囲された都市の住民を助けてはならないという決定がなされたの
だと話す医者もいる。
バグダッド出身のアイシャ・モハンマド医師は、「保健相は私たちに
ファルージャ住人に助けを与えてはならないと指示した」と語った。「し
かし、彼らは包囲の期間に彼らを助けるようなことは何もしなかった
し、バグダッドの難民キャンプにはほとんどいたことがない」。
モハンマド医師は、彼女の病院に勤務する数人の医師と一緒に、
バグダッド周辺のキャンプに逃れてきた難民のため、保健省から支
援物資を引き出そうと奮闘した。
「私たちが彼らと強く交渉したときだけね。いくらかの供給品を得る
ことが認められたのは」と彼女はIPS(インター・プレス・サービス)に
語った。「私たちが要求したあとになって彼らがしたことは、結局、キ
ャンプの全員のために十分というのにはほど遠い。私たちは危機的
状況なのよ」。
イラク赤新月社(IRC)の広報担当アベル・ハミド・サリムはIPSに、
「保健省はファルージャ難民に支援物資の輸送を承認する一方で、I
RCには物質的援助を何もしなかった」と話した。難民家族がいつフ
ァルージャに戻れるか、彼らはまだ、一言も話してないと彼は言う。
保健省広報部の責任者であるムシル・カセム・アリは、ファルージ
ャからの難民は40万以上になると言う。だが、今もイラク中部の全
域に広がっている難民に対して、政府がどのように支援するのかに
ついて、彼は具体的なことを何も示すことができなかった。
政府よりも一般のイラク国民、あるいは非政府組織の方が難民の
必要とする援助の大部分を提供している。
政府は必要なことをしてきたと主張する。保健省で難民対策を担
当するシェハブ・アフメド・ジャシムは、「われわれは難民が必要とし
たものはすべて供給した」と言う。「われわれは20台の救急車をファ
ルージャ総合病院に派遣した」と。
しかし、この救急車のうち1台として実際には市域に入ってない。フ
ァルージャ総合病院は、つい最近まで、屋内に閉じこめられた市内
の住民にとっては、「立ち入り禁止区域」のままである。
その一方で、難民は苦しみ続けている。「われわれはキャンプ内で
今、下痢(げり)と寒さ、インフルエンザ、そして電気と浄水の欠乏状
況が深刻になっていることを知っている」とジャシムは語った。
バグダッド大学の難民キャンプの近くにある周辺の小さなモスクか
ら、子どもたちがコメを盛った皿を運んできたとき、小さな5人の子ど
もの母親であるウム・アジズは、「何もかもが十分ではないけれど、
私たちの持っているものの大部分は、親類が届けてくれたものばか
り。保健省からもらったものは、あまり多くないよ」と話した。
別の難民モハンマド・アブデル・シュキル(43歳)は、「昨夜、どうに
か5枚の毛布で体をくるんだが、それでもは一晩中震えていた」と話
した。彼はモスク周辺に立てられたテントを指さしながら、次のように
言った。「俺たちがどこに行っても、アメリカ軍はいつでも俺たちの街
を空爆するのかい?」
また別の難民である部族長のアブ・アフメドは、米兵とイラク国家
警備隊を乗せたハンビー(米軍特殊車両)が負傷した戦士を捜しに
キャンプにやってきた」と話した。
「私は負傷した戦士などいないと彼らに告げた。しかし彼らはテント
からテントへ捜してまわり、ついに銃を手にしてモスクに入っていっ
た」と彼は語った。「もち\xA4
☆★ダール・ジャマイルのイラク速報
http://dahrjamailiraq.com
2004年11月30日
無視されるファルージャ救援
バグダッド、11月30日発(IPS):
イラク保健相はファルージャを避難した数十万人に十分な支援を
提供しないでいる。バグダッドの医者たちは、なぜ住民や避難民たち
に保健省から支援がない(orほとんどない)のか困惑している。
「今夏のナジャフの戦闘のときには、事態はこんなではなかった」と
バグダッドに住む外科医のリアド・フセインは話した。「ナジャフのた
めには多くの支援と移動式の手術室もあった。しかしファルージャの
ためには、何もしない。なぜなのか?」。
この医者は政治判断であるように思われると指摘した。「保健相は
シーア派だ」と彼は言った。「彼がファルージャのようなスンニ派教徒
の都市を助けようとするとは思わない」。
包囲された都市の住民を助けてはならないという決定がなされたの
だと話す医者もいる。
バグダッド出身のアイシャ・モハンマド医師は、「保健相は私たちに
ファルージャ住人に助けを与えてはならないと指示した」と語った。「し
かし、彼らは包囲の期間に彼らを助けるようなことは何もしなかった
し、バグダッドの難民キャンプにはほとんどいたことがない」。
モハンマド医師は、彼女の病院に勤務する数人の医師と一緒に、
バグダッド周辺のキャンプに逃れてきた難民のため、保健省から支
援物資を引き出そうと奮闘した。
「私たちが彼らと強く交渉したときだけね。いくらかの供給品を得る
ことが認められたのは」と彼女はIPS(インター・プレス・サービス)に
語った。「私たちが要求したあとになって彼らがしたことは、結局、キ
ャンプの全員のために十分というのにはほど遠い。私たちは危機的
状況なのよ」。
イラク赤新月社(IRC)の広報担当アベル・ハミド・サリムはIPSに、
「保健省はファルージャ難民に支援物資の輸送を承認する一方で、I
RCには物質的援助を何もしなかった」と話した。難民家族がいつフ
ァルージャに戻れるか、彼らはまだ、一言も話してないと彼は言う。
保健省広報部の責任者であるムシル・カセム・アリは、ファルージ
ャからの難民は40万以上になると言う。だが、今もイラク中部の全
域に広がっている難民に対して、政府がどのように支援するのかに
ついて、彼は具体的なことを何も示すことができなかった。
政府よりも一般のイラク国民、あるいは非政府組織の方が難民の
必要とする援助の大部分を提供している。
政府は必要なことをしてきたと主張する。保健省で難民対策を担
当するシェハブ・アフメド・ジャシムは、「われわれは難民が必要とし
たものはすべて供給した」と言う。「われわれは20台の救急車をファ
ルージャ総合病院に派遣した」と。
しかし、この救急車のうち1台として実際には市域に入ってない。フ
ァルージャ総合病院は、つい最近まで、屋内に閉じこめられた市内
の住民にとっては、「立ち入り禁止区域」のままである。
その一方で、難民は苦しみ続けている。「われわれはキャンプ内で
今、下痢(げり)と寒さ、インフルエンザ、そして電気と浄水の欠乏状
況が深刻になっていることを知っている」とジャシムは語った。
バグダッド大学の難民キャンプの近くにある周辺の小さなモスクか
ら、子どもたちがコメを盛った皿を運んできたとき、小さな5人の子ど
もの母親であるウム・アジズは、「何もかもが十分ではないけれど、
私たちの持っているものの大部分は、親類が届けてくれたものばか
り。保健省からもらったものは、あまり多くないよ」と話した。
別の難民モハンマド・アブデル・シュキル(43歳)は、「昨夜、どうに
か5枚の毛布で体をくるんだが、それでもは一晩中震えていた」と話
した。彼はモスク周辺に立てられたテントを指さしながら、次のように
言った。「俺たちがどこに行っても、アメリカ軍はいつでも俺たちの街
を空爆するのかい?」
また別の難民である部族長のアブ・アフメドは、米兵とイラク国家
警備隊を乗せたハンビー(米軍特殊車両)が負傷した戦士を捜しに
キャンプにやってきた」と話した。
「私は負傷した戦士などいないと彼らに告げた。しかし彼らはテント
からテントへ捜してまわり、ついに銃を手にしてモスクに入っていっ
た」と彼は語った。「もち\xA4
これは メッセージ 172403 (pyu_pyu_kitakaze さん)への返信です.
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