大野よしのり氏 平成11年10月8日(金)
投稿者: kazuma_002 投稿日時: 2004/09/27 15:51 投稿番号: [171730 / 177456]
平成11年10月8日(金)
共同通信論説委員と憲法論議
共同通信の論説委員が訪ねてこられた。大いに憲法論議をした。
彼曰く。今の憲法9条は改正するのは惜しい。理想的なものではないか。
小生の意見。
1、現行憲法は、我々の理想である。しかし、この理想は、世界連邦が確立、または国連が世界の警察官としての役割を果たすこと前提としている。
2、世界連邦が確立しないまま50年以上経過した今、憲法9条の存在のゆえに、日本人の「平和」に対する考え方は、現実に根ざさないものとなった。即ち、日本人の平和の定義は、単に「戦争のない状態」というものであり、従って戦争のことは考えなくて良い、というものになってしまった。しかし、平和とは、「人命に脅威を与えないよう、紛争を管理する」というのが、世界の常識であろう。
3、前国会で成立したガイドライン法は、日本人に「国を守る」、「国際平和に貢献する」ということを真剣に考えるキッカケになったと思う。これまでは、日米安保条約により、極東の平和はアメリカの青年と日本の飛行場などの施設により守られている。−換言すれば、アメリカの青年と日本の物との協力により、極東の平和が守られる仕組みであった。これが、限度はあるにせよ、アメリカ人と日本人との人間同志の協力によって、日本の周辺の平和が維持される仕組みとなった。
このことについては、2つの話を思い出した。
一つは、ローマの市民権のことである。ローマでは、国を守る義務ー血税と云われたーがあり、カネで払うものは軽蔑されたという。湾岸戦争の時の日本を思い出した。
二つ目は、ゴラン高原PKO視察に行って、ラビン・イスラエル首相に会ったときのことである。ラビンは、Peace Keepingは血を流さなくて済む。しかし、Peace Makingは血を流さずにはできない、と我々に語った。いつまでも思い出に残る言葉である。
4、日本は、集団的自衛権は保有するが行使はできない、というのが法の解釈である。確かに、冷戦の最中では、核の行使を含む世界戦争が起こる可能性があったから、日本の集団的自衛権の行使は、大問題となろう。しかし、冷戦終結後の地域紛争、宗教戦争、民族紛争を考えれば、日本の集団的自衛権行使の意味は全く異なってくる。
本来、国連が世界の警察としての役割を十分果たしていけば、地域紛争の解決は国連に任せておいて良いだろう。しかし、国連軍すらない今、国連安保理の決議に従い、国連加盟国は平和のため最大の努力を払うべきではないか。今、十分議論するべき時である。
いずれにせよ、問題の焦点は、集団的自衛権の行使である。
共同通信の論説委員が訪ねてこられた。大いに憲法論議をした。
彼曰く。今の憲法9条は改正するのは惜しい。理想的なものではないか。
小生の意見。
1、現行憲法は、我々の理想である。しかし、この理想は、世界連邦が確立、または国連が世界の警察官としての役割を果たすこと前提としている。
2、世界連邦が確立しないまま50年以上経過した今、憲法9条の存在のゆえに、日本人の「平和」に対する考え方は、現実に根ざさないものとなった。即ち、日本人の平和の定義は、単に「戦争のない状態」というものであり、従って戦争のことは考えなくて良い、というものになってしまった。しかし、平和とは、「人命に脅威を与えないよう、紛争を管理する」というのが、世界の常識であろう。
3、前国会で成立したガイドライン法は、日本人に「国を守る」、「国際平和に貢献する」ということを真剣に考えるキッカケになったと思う。これまでは、日米安保条約により、極東の平和はアメリカの青年と日本の飛行場などの施設により守られている。−換言すれば、アメリカの青年と日本の物との協力により、極東の平和が守られる仕組みであった。これが、限度はあるにせよ、アメリカ人と日本人との人間同志の協力によって、日本の周辺の平和が維持される仕組みとなった。
このことについては、2つの話を思い出した。
一つは、ローマの市民権のことである。ローマでは、国を守る義務ー血税と云われたーがあり、カネで払うものは軽蔑されたという。湾岸戦争の時の日本を思い出した。
二つ目は、ゴラン高原PKO視察に行って、ラビン・イスラエル首相に会ったときのことである。ラビンは、Peace Keepingは血を流さなくて済む。しかし、Peace Makingは血を流さずにはできない、と我々に語った。いつまでも思い出に残る言葉である。
4、日本は、集団的自衛権は保有するが行使はできない、というのが法の解釈である。確かに、冷戦の最中では、核の行使を含む世界戦争が起こる可能性があったから、日本の集団的自衛権の行使は、大問題となろう。しかし、冷戦終結後の地域紛争、宗教戦争、民族紛争を考えれば、日本の集団的自衛権行使の意味は全く異なってくる。
本来、国連が世界の警察としての役割を十分果たしていけば、地域紛争の解決は国連に任せておいて良いだろう。しかし、国連軍すらない今、国連安保理の決議に従い、国連加盟国は平和のため最大の努力を払うべきではないか。今、十分議論するべき時である。
いずれにせよ、問題の焦点は、集団的自衛権の行使である。
これは メッセージ 171728 (kazuma_002 さん)への返信です.
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