対米全面テロ

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戦争ができる時代は終わった②

投稿者: sebastianno2 投稿日時: 2003/03/04 14:32 投稿番号: [153282 / 177456]
Q:   あなたは35年間も軍務についてこられました。ベトナム戦争では爆撃手を
務め、いまでも陸軍予備役に登録しているとのこと。それでも現在、全国をまわ
りながら劣化ウラン(depleted uranium=DU)の危険について警鐘を鳴らしてい
ます。劣化ウランの問題をおおやけにしなければいけないと決意した理由は何で
すか?

ロッケ:   湾岸戦争で私のチームにいた全員が病気になりました。親友のジョン
・シットンが瀕死の症状に陥ったのに、軍は医療責任を拒否し、ジョンを死なせ
ました。彼は湾岸戦争全体の医療避難通信システムを構築した功労者ですよ。そ
の任務で被曝したのです。

  ジョンとローラ・ドルフと私は、民間人としても軍人としても無二の親友でし
た。ローラも病気にかかりました。彼を戦地に送る命令は私が受けたのです。私
たちは二人そろって配属されました。私の任務は兵士たちに核・生物・化学戦争
について教え、無事に復員させることでした。私はその任務に心血を注ぎました。
湾岸戦争で私に与えられた軍命は単純明快、「兵士を生きて国へ連れ戻せ」でし
た。しかし、私がそれに必要な訓練内容をまとめ、環境浄化マニュアルを書き上
げ、医療指示をすべて整えたにもかかわらず、何ひとつ実行されなかったのです。

  友軍の誤射・誤爆によって100人以上の米兵が劣化ウランに被曝しました。そ
のうえ、劣化ウラン弾を被弾した敵の戦車に入ったり、写真を撮ったり、土産の
戦利品を集めたりして被曝した兵士は数えきれません。危険について知らされて
いなかったのです。

劣化ウランはきわめて有効な兵器です。10ポンドの対戦車砲弾は大部分がウラ
ン238で、微量のプルトニウム、ネプツニウム、アメリシウムが含まれています。
自然発火性があって着弾すると高熱を発し、比重が重たいので戦車の装甲を貫通
することができます。ウラン弾を被弾した車両や建物は内部が火事場と化すため、
凄まじい火傷や裂傷が見られました。それは無惨なものです。

  米軍がイラクの生物・化学・核兵器の備蓄を爆破することにしたせいで、米兵
やその地域に住むすべての人びとが被害を受けました。いたるところで、化学物
質探知機やガイガーカウンターの針が振り切れていました。なかには生物兵器も
ありましたし、破壊された原子炉もありました。イラク全土が毒物の荒野だった
のです。そして、この修羅場に劣化ウランが加わっていました。

  私たちが最初に劣化ウランの除染命令を受け、サウジアラビア北部に到着する
と、72時間以内に病状が現われはじめました。呼吸器系障害、発疹、出血、皮膚
潰瘍などが、ほとんど到着と同時に発症したのです。環境中に大量の放射性粒子
が存在し、それを吸入しはじめると、粒子は咽頭の裏側に付着します。一人目の
ガン患者が出ると、あとはまたたくまに広がりました。当時、一緒に仕事をした
父子がいますが、父親はすでに肺ガンで亡くなり、病身の息子にはまだ医療補償
が認められていません。


Q:   何が起こっているのかご存知でしたか?

ロッケ:   湾岸戦争がはじまったとき、劣化ウランのことなど何も知らされてい
ませんでした。兵士は上官の命令に従うものですが、上からは劣化ウランに健康
上の悪影響はないと聞いていたのです。けれども、この物質について調べはじめ、
物理学や工学の知識と照らし合わせてみると(私の専攻は環境科学と工学でした
から)、それらの知見や実際の見聞と軍の公式見解との矛盾にすぐ気づきました。

  1991年6月にアメリカ本国へ帰還したとき、私は病気でした。呼吸器系疾患や
発疹や神経障害が現われはじめていたのです。
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