Re: 9/11の日経コラムより
投稿者: nuketusetus 投稿日時: 2002/09/24 01:12 投稿番号: [148020 / 177456]
>査察を無条件で受け入れるって言ってるんだから、とっとと行けって思うんですけど、
外交とは駆け引きなので、査察を無条件で受け入れる=アメリカの勝利、では
ないんですね。査察を無条件で受け入れるという宣言を出すということは、
大量破壊兵器開発の疑惑そのものが全く濡れ衣であるか、あるいはこれまで
開発を進めていたがこの機に開発を完全に中断することに決めたか、あるいは
査察があっても問題がないくらい証拠を完全に隠し通せる準備が出来たか、
でしょう。問題は第3のパターンであればどうするかであって、その可能性を
巡って両国は駆け引きを続けているわけです。
>・・・「フセイン政権を倒すことで平和が訪れる」と信じ込めればいいんですけど。そうとは思えないですし。
そう信じている人がいるから「打倒フセイン」という動きが起きているわけで、
「そうは思えない」と言っても何も始まらない訳です。可能性があるとすれば
フセイン政権を含めた国際秩序がどういったものになるのか、それを提示して
外交のゲームで勝利することであって、ロシアや中国はそのように動いてますね。
彼らとて、仮に平和が訪れるとしてもそれが彼らの国益を損なうものであれば
フセイン政権を倒す方に乗ってまた別の平和(or戦争)を願うでしょう。
問題は「戦争か平和か」ではないんです。誰かが望んだ外交が成立するか、
あるいはどれもが破綻して戦争になるか、です。
>人間は間違う。だから、せめてもの安全弁として、国際法があったり各国の憲法があったりするんだと思うんですけど。
それは考え違いだと思います。国内では法律や裁判所の判決を多数が正しいと
する、すなわちそれに「信をおく」わけだけど、国際法は未だ多数の国家が
「信をおいて」はいないですよね?つまりある特定の条件下では国際法が誤って
いるとした方が得になるケースがいくらでもある。そしてそれを調停できる機関は
どこにも存在しない(強いて言えば安保理だけど、安保理がイラク攻撃を認めても
それに異を唱える人々にとっては「信をおく」どころの話ではない)。
各国の憲法に至っては外交には何の影響力もない。諸外国にとっては日本の憲法に
何が書いてあろうとそれを考慮する義務はどこにもないわけです。
>難しいのが、「有権者を守る」と「支持を得る」が相反するのでは。ということですね。本当に国民の命を守りたいなら、わざわざよその国にでかけて戦争して、反米感情の種を蒔くようなマネはしないほうが得策だろうし、少なくとも「単独で」「恐れの段階で」「先制攻撃あり」などというのはリスクを高くするだけではないかという気がします。
それを多くの有権者に納得させられるに足る明快な理論、弁舌、論拠etc.があれば
「単独で」「恐れの段階で」「先制攻撃ありき」が誤りだとする立場に国民の
支持が集まる筈です。国民は馬鹿だからイケイケな政策にばかり支持を集め、
結果として国民・国家の安全を脅かすというのは言い訳に過ぎず、民主主義を
否定する論者であればいざ知らず、民主主義を唱えながらそのような言い訳を
行うのは自らの理屈の未熟を認めているに過ぎません。
…と、私は思います(笑)。
>けれど、「強硬姿勢」のほうが人気者になれるようですね。・・・げー、考えるだけでうんざりします。政治家になる人の気が知れない(笑)
>でもnukeさん、そういうふうに考えること、ほんとに「いい経験」になりますか?何か釈然としないですよ(^^;
うんざりするのは自らの意見の正当性に自信がないからです。柔軟姿勢の方が
強硬姿勢より優れていると自らの中で確信できるだけ明快な意見を持っているなら、
そしてそれが多数に共感を与えるだけの説得力を持っていれば、それを明らかに
すれば自ずと多くの支持が集まる筈です。
「戦争は嫌だ」だけでは、何がどう優れているのか訴えるに全く足りてないので
広範なムーブメントになり得ない。だからこそkatakurichanには自らのドクトリンを
考えて欲しかったですけどね。まあ、私にはどうでもよいことではあります(笑)。
>政治の世界ではコモンセンスになっているとしても、そう簡単にはいかなくなってきてると思うんですけどね・・・
そうそう、外交も少しずつ変わってきてはいるんですよ。今日は昨日よりは多少は
マシな世の中になってる。ブッシュが何をほざこうが、世界は多くの国家による
駆け引きの中でしか動かない。無論、その外交は端的に「戦争は嫌だ」には
結びつかないけど(少なくとも今は)、そう考えて外交の駆け引きを変えて
いかなければ、いつまでも世界は変わらないのだと私は\xBB
外交とは駆け引きなので、査察を無条件で受け入れる=アメリカの勝利、では
ないんですね。査察を無条件で受け入れるという宣言を出すということは、
大量破壊兵器開発の疑惑そのものが全く濡れ衣であるか、あるいはこれまで
開発を進めていたがこの機に開発を完全に中断することに決めたか、あるいは
査察があっても問題がないくらい証拠を完全に隠し通せる準備が出来たか、
でしょう。問題は第3のパターンであればどうするかであって、その可能性を
巡って両国は駆け引きを続けているわけです。
>・・・「フセイン政権を倒すことで平和が訪れる」と信じ込めればいいんですけど。そうとは思えないですし。
そう信じている人がいるから「打倒フセイン」という動きが起きているわけで、
「そうは思えない」と言っても何も始まらない訳です。可能性があるとすれば
フセイン政権を含めた国際秩序がどういったものになるのか、それを提示して
外交のゲームで勝利することであって、ロシアや中国はそのように動いてますね。
彼らとて、仮に平和が訪れるとしてもそれが彼らの国益を損なうものであれば
フセイン政権を倒す方に乗ってまた別の平和(or戦争)を願うでしょう。
問題は「戦争か平和か」ではないんです。誰かが望んだ外交が成立するか、
あるいはどれもが破綻して戦争になるか、です。
>人間は間違う。だから、せめてもの安全弁として、国際法があったり各国の憲法があったりするんだと思うんですけど。
それは考え違いだと思います。国内では法律や裁判所の判決を多数が正しいと
する、すなわちそれに「信をおく」わけだけど、国際法は未だ多数の国家が
「信をおいて」はいないですよね?つまりある特定の条件下では国際法が誤って
いるとした方が得になるケースがいくらでもある。そしてそれを調停できる機関は
どこにも存在しない(強いて言えば安保理だけど、安保理がイラク攻撃を認めても
それに異を唱える人々にとっては「信をおく」どころの話ではない)。
各国の憲法に至っては外交には何の影響力もない。諸外国にとっては日本の憲法に
何が書いてあろうとそれを考慮する義務はどこにもないわけです。
>難しいのが、「有権者を守る」と「支持を得る」が相反するのでは。ということですね。本当に国民の命を守りたいなら、わざわざよその国にでかけて戦争して、反米感情の種を蒔くようなマネはしないほうが得策だろうし、少なくとも「単独で」「恐れの段階で」「先制攻撃あり」などというのはリスクを高くするだけではないかという気がします。
それを多くの有権者に納得させられるに足る明快な理論、弁舌、論拠etc.があれば
「単独で」「恐れの段階で」「先制攻撃ありき」が誤りだとする立場に国民の
支持が集まる筈です。国民は馬鹿だからイケイケな政策にばかり支持を集め、
結果として国民・国家の安全を脅かすというのは言い訳に過ぎず、民主主義を
否定する論者であればいざ知らず、民主主義を唱えながらそのような言い訳を
行うのは自らの理屈の未熟を認めているに過ぎません。
…と、私は思います(笑)。
>けれど、「強硬姿勢」のほうが人気者になれるようですね。・・・げー、考えるだけでうんざりします。政治家になる人の気が知れない(笑)
>でもnukeさん、そういうふうに考えること、ほんとに「いい経験」になりますか?何か釈然としないですよ(^^;
うんざりするのは自らの意見の正当性に自信がないからです。柔軟姿勢の方が
強硬姿勢より優れていると自らの中で確信できるだけ明快な意見を持っているなら、
そしてそれが多数に共感を与えるだけの説得力を持っていれば、それを明らかに
すれば自ずと多くの支持が集まる筈です。
「戦争は嫌だ」だけでは、何がどう優れているのか訴えるに全く足りてないので
広範なムーブメントになり得ない。だからこそkatakurichanには自らのドクトリンを
考えて欲しかったですけどね。まあ、私にはどうでもよいことではあります(笑)。
>政治の世界ではコモンセンスになっているとしても、そう簡単にはいかなくなってきてると思うんですけどね・・・
そうそう、外交も少しずつ変わってきてはいるんですよ。今日は昨日よりは多少は
マシな世の中になってる。ブッシュが何をほざこうが、世界は多くの国家による
駆け引きの中でしか動かない。無論、その外交は端的に「戦争は嫌だ」には
結びつかないけど(少なくとも今は)、そう考えて外交の駆け引きを変えて
いかなければ、いつまでも世界は変わらないのだと私は\xBB
これは メッセージ 148017 (katakurichan2 さん)への返信です.
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