>>避ける準備(2)
投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2002/05/27 20:32 投稿番号: [142457 / 177456]
ではこの戦争を完全に否定できるかというとそうでもないと思うのです。確かに2国間に限れば、戦争をするだけ無駄な感じがしますが、国際社会の中での出来事としてみると、如何なる形態であれ、武力による恫喝で国を併合するようなことを許せば、再び弱肉強食の世界は戻ってしまうことになり、それを国際社会が黙認することは出来ず、その一員で当事者である日本も責任を持った対応が求められます、つまり抵抗しなければなりません。
現代は一国の出来事をその事情だけで判断せずに、国際社会の中で起こった出来事として対応を求められる時代だと思うのです、まして世界で2番目の経済力を持つ国家が、その責任を放棄しては、二つの大戦を経て生まれた秩序の崩壊に荷担することになると思うのです。
>私個人の考えとしては、どのような正義や大儀があっても、暴力行為は「犯罪」として扱ったほうがいいし、同じ土俵で戦うというのは、マズイんじゃないのかなぁという感じです・・
だから、大儀のある暴力行為を否定する事は、より悪質な暴力行為を増長する可能性もあると思います、難しいところですし、大儀のための結果が必ず良い結果になるとも思いませんが。。。
日本が定める大儀として相応しいものは何でしょうか、「国民の生命と財産を守るため?」、馬鹿らしいです、それが目的なら戦争をしない方が守れます。「国を守るため?」、難しいところですが今さら国家を重要視しても、国家を超えてグローバルな問題に取り組まなければ現代では弊害を生みそうです、それに偏ったナショナリズムに繋がるかもしれません。
私が個人的に考えているのは、国際社会の「秩序を守るため」です、その実現に「集団的自衛権」があります。重複を恐れずに(使ってみたい言葉だった(笑)。)そのメリットを述べると。。。
少なくとも地域的な専守防衛を目的とした「軍事同盟」には説得力があります、地球の裏側で紛争が起こっても対応しようという動機付けは少ないですが、隣国が侵略されて戦争になれば平和を享受する事など難しいです、だからお互いに協力することも可能です。
そしてその責任分担を日本が4、米国が3、そのほかの国々が3の合わせて10(10が兵力で5万を意味するのか50万を意味するのかは置いておきます)として、秩序を守るためにこの地域に「力を存在させます」。
これによって「自衛権が行使」されても、その参加には各国の判断に委ねれば、上記の例でも、中国が要求する以前に、日本が中国に再三に渡って屈辱的な対応していれば、参加する国も少ないでしょう。つまり当事国にとっては情感に訴える出来事だったとしても、第三国が冷静に判断してくれます。また目的を超えた制裁も抑えられる可能性が高いです。もちろんこれはどの国についても言えることです。
もちろん、対峙する国が侵略を試みようとすれば、全ての国を相手に戦うことを想定しなければならず、結果、無謀な行為が抑制されます。
さらに、同盟の最終的なゴールを中国、北朝鮮あるいは統一された朝鮮半島国家の加盟と定め、より上位の集団安全保障体制が確立されたなら、同盟を発展的に解消するように規定する事で外交活動を活発化させる事もできます。
私は中国、北朝鮮をことさら敵視しても仕方がないと思いますが、やはり今の政体では将来に渡って侵略の意図を持つことはないと言い切れません。
同盟そのものが軍拡競争の要因になるのは事実ですが抑止として存在させ、経済的な関係を深めながら民主化を求めていくしかないでしょう。逆説的ですが「同盟」が衝突の危険を「避ける準備」を促すと思うのです。
もし巨大な軍事同盟と中国が衝突すれば悲惨な結果になるのは明らかです。それでも第一次大戦以降、米国は国力で上回る国家が存在した状況を経験したことがなく、抵抗しないで唯一の超大国の地位から降りるか不明です。
だから、責任を分担して米国を牽制しつつ、中国の民主化を促す「避ける準備」によって、この地域に安定をもたらす事は、大国である日本の責任ではないでしょうか。
日本国内でも、唯一の海外にある米軍海兵隊基地2つを含めて世界最大の13カ所ある米軍基地の縮小、日本軍との交代は、基地周辺の状況改善になります。
内向きな米国は今より付き合い易そうですし、民主的な超大国の中国が出現してくれれば、責任を委ねて、中或いは小国として日本は静かに暮らし、再び活力みなぎる社会の形成に専念できると思います。
要するに、米国は「乱暴者」なので何とかしなきゃってことです(笑)。
現代は一国の出来事をその事情だけで判断せずに、国際社会の中で起こった出来事として対応を求められる時代だと思うのです、まして世界で2番目の経済力を持つ国家が、その責任を放棄しては、二つの大戦を経て生まれた秩序の崩壊に荷担することになると思うのです。
>私個人の考えとしては、どのような正義や大儀があっても、暴力行為は「犯罪」として扱ったほうがいいし、同じ土俵で戦うというのは、マズイんじゃないのかなぁという感じです・・
だから、大儀のある暴力行為を否定する事は、より悪質な暴力行為を増長する可能性もあると思います、難しいところですし、大儀のための結果が必ず良い結果になるとも思いませんが。。。
日本が定める大儀として相応しいものは何でしょうか、「国民の生命と財産を守るため?」、馬鹿らしいです、それが目的なら戦争をしない方が守れます。「国を守るため?」、難しいところですが今さら国家を重要視しても、国家を超えてグローバルな問題に取り組まなければ現代では弊害を生みそうです、それに偏ったナショナリズムに繋がるかもしれません。
私が個人的に考えているのは、国際社会の「秩序を守るため」です、その実現に「集団的自衛権」があります。重複を恐れずに(使ってみたい言葉だった(笑)。)そのメリットを述べると。。。
少なくとも地域的な専守防衛を目的とした「軍事同盟」には説得力があります、地球の裏側で紛争が起こっても対応しようという動機付けは少ないですが、隣国が侵略されて戦争になれば平和を享受する事など難しいです、だからお互いに協力することも可能です。
そしてその責任分担を日本が4、米国が3、そのほかの国々が3の合わせて10(10が兵力で5万を意味するのか50万を意味するのかは置いておきます)として、秩序を守るためにこの地域に「力を存在させます」。
これによって「自衛権が行使」されても、その参加には各国の判断に委ねれば、上記の例でも、中国が要求する以前に、日本が中国に再三に渡って屈辱的な対応していれば、参加する国も少ないでしょう。つまり当事国にとっては情感に訴える出来事だったとしても、第三国が冷静に判断してくれます。また目的を超えた制裁も抑えられる可能性が高いです。もちろんこれはどの国についても言えることです。
もちろん、対峙する国が侵略を試みようとすれば、全ての国を相手に戦うことを想定しなければならず、結果、無謀な行為が抑制されます。
さらに、同盟の最終的なゴールを中国、北朝鮮あるいは統一された朝鮮半島国家の加盟と定め、より上位の集団安全保障体制が確立されたなら、同盟を発展的に解消するように規定する事で外交活動を活発化させる事もできます。
私は中国、北朝鮮をことさら敵視しても仕方がないと思いますが、やはり今の政体では将来に渡って侵略の意図を持つことはないと言い切れません。
同盟そのものが軍拡競争の要因になるのは事実ですが抑止として存在させ、経済的な関係を深めながら民主化を求めていくしかないでしょう。逆説的ですが「同盟」が衝突の危険を「避ける準備」を促すと思うのです。
もし巨大な軍事同盟と中国が衝突すれば悲惨な結果になるのは明らかです。それでも第一次大戦以降、米国は国力で上回る国家が存在した状況を経験したことがなく、抵抗しないで唯一の超大国の地位から降りるか不明です。
だから、責任を分担して米国を牽制しつつ、中国の民主化を促す「避ける準備」によって、この地域に安定をもたらす事は、大国である日本の責任ではないでしょうか。
日本国内でも、唯一の海外にある米軍海兵隊基地2つを含めて世界最大の13カ所ある米軍基地の縮小、日本軍との交代は、基地周辺の状況改善になります。
内向きな米国は今より付き合い易そうですし、民主的な超大国の中国が出現してくれれば、責任を委ねて、中或いは小国として日本は静かに暮らし、再び活力みなぎる社会の形成に専念できると思います。
要するに、米国は「乱暴者」なので何とかしなきゃってことです(笑)。
これは メッセージ 142456 (marchingpeople さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/142457.html