>>>>乱暴者・・・
投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2002/05/16 10:19 投稿番号: [141979 / 177456]
「大いなる幻想」は論旨しか読んでいないので、安全保障の内容までは分かりませんが、たぶん概念を説いていたんでしょう(^^;。ちなみに噂では18世紀の初頭にサン・ピエール氏が「永久平和論」の中で国際議会と「国際法廷」の設立の必要性を説いていたらしいです、まあ、約300年でICCの発効が叶ったんですから、「安全保障」も気長に待ちます。
>もしかしたら、その当時は、ノーマンさんの考え方を広めるだけのインフラ
>が無かっただけで、現代は情報網が発達しているので、今度は大丈夫である、
>とも考えたいと思います。
第一次大戦がなぜ起こったかについては、今でもその研究に一生を捧げている人がいるぐらいよく分かりません。でもごく一部について触れると、「大いなる幻想」を読んで感激した、英国王ジョージ5世は大臣達に一部ずつ送り届けたり、知的高揚を巻き起こしただけでなく政治家、軍人の中にもノーマンさんが打ち出したテーゼによって「もはやこれ以上ドイツを恐れる理由がない」と論じる人もいたそうです by A・L・サッチャー。
けれども英国はベルギーの中立をドイツが侵犯(これについてはドイツは法技術的な罪過に関しては保証すると約束していた)ことを理由に参戦してるんです。無茶な理由付けなのですが、背景には英国の3C政策とドイツの3B政策の対立に端を発した両国の建艦競争があったみたいです。
参戦時の内閣には「大いなる幻想」を一読したのか分かりませんが、「大いなる妄想」を抱いた人物がいまして、ドイツの新鋭艦が次々と石油化されることに危惧した彼は英国海軍の石油化を最も強くに主張していました。
彼はまた、英国には当時、純英国企業の石油会社, シェル・トランスポート・アンド・トレーディングがあったのですが、「石油という戦略物資を一握りの商売人にゆだねておくのはあまりに危険すぎる」とも主張し(この指名競争に敗れたあと、オランダのロイヤル・ダッチ・ペトローリアムと合併してロイヤル・ダッチ・シェルとなる)、ペルシア(現在のイラン)に独占的な石油利権を保有していたアングロ・ペルシア石油を(アングロ・イラニア石油を経て現在のブリティッシュ・ペトローリアム, BP)、彼の肝いりで政府が過半数の株式を取得して準国営企業としています。
この石油への飽くなき執着心が英国にして三枚舌外交を行わせ、現在も続くパレスチナ問題の一因になっているのです。
彼が戦争のために石油を求めたのか、石油のために戦争を求めたのか不明です。また、大戦前から各国が参戦の準備をしてしまったのが世界大戦となってしまった一因なのですが、海軍相であった彼も独断で海軍予備兵の召集を実行しています。
彼の名前はウィンストン・チャーチルと申します。
ちなみに彼は、無益なダーダネルス海峡攻撃作戦を推し進め、その失敗によって海軍相を辞任しています(苦笑)。
第二次大戦で偉大な政治家と呼ばれるようになった彼は、大戦中、スターリンの第二戦線を開く要請をはぐらかし、西側への抜きがたい不信感を植え込んだ張本人の1人でもあります。そんな彼は大戦終結直後に「鉄のカーテンは降りた」と米国で演説し、これが冷戦の宣戦布告と言われています。
20世紀の3つの大戦で彼は、はじめの失敗から学び、偉大な政治家になり、その経験をふまえて火種のうちに消し去ろうと努めたとも言えますが。。。
常に戦争を求めた「乱暴者」だったかもしれませんってタイトルに戻してみました(笑)。
>もしかしたら、その当時は、ノーマンさんの考え方を広めるだけのインフラ
>が無かっただけで、現代は情報網が発達しているので、今度は大丈夫である、
>とも考えたいと思います。
第一次大戦がなぜ起こったかについては、今でもその研究に一生を捧げている人がいるぐらいよく分かりません。でもごく一部について触れると、「大いなる幻想」を読んで感激した、英国王ジョージ5世は大臣達に一部ずつ送り届けたり、知的高揚を巻き起こしただけでなく政治家、軍人の中にもノーマンさんが打ち出したテーゼによって「もはやこれ以上ドイツを恐れる理由がない」と論じる人もいたそうです by A・L・サッチャー。
けれども英国はベルギーの中立をドイツが侵犯(これについてはドイツは法技術的な罪過に関しては保証すると約束していた)ことを理由に参戦してるんです。無茶な理由付けなのですが、背景には英国の3C政策とドイツの3B政策の対立に端を発した両国の建艦競争があったみたいです。
参戦時の内閣には「大いなる幻想」を一読したのか分かりませんが、「大いなる妄想」を抱いた人物がいまして、ドイツの新鋭艦が次々と石油化されることに危惧した彼は英国海軍の石油化を最も強くに主張していました。
彼はまた、英国には当時、純英国企業の石油会社, シェル・トランスポート・アンド・トレーディングがあったのですが、「石油という戦略物資を一握りの商売人にゆだねておくのはあまりに危険すぎる」とも主張し(この指名競争に敗れたあと、オランダのロイヤル・ダッチ・ペトローリアムと合併してロイヤル・ダッチ・シェルとなる)、ペルシア(現在のイラン)に独占的な石油利権を保有していたアングロ・ペルシア石油を(アングロ・イラニア石油を経て現在のブリティッシュ・ペトローリアム, BP)、彼の肝いりで政府が過半数の株式を取得して準国営企業としています。
この石油への飽くなき執着心が英国にして三枚舌外交を行わせ、現在も続くパレスチナ問題の一因になっているのです。
彼が戦争のために石油を求めたのか、石油のために戦争を求めたのか不明です。また、大戦前から各国が参戦の準備をしてしまったのが世界大戦となってしまった一因なのですが、海軍相であった彼も独断で海軍予備兵の召集を実行しています。
彼の名前はウィンストン・チャーチルと申します。
ちなみに彼は、無益なダーダネルス海峡攻撃作戦を推し進め、その失敗によって海軍相を辞任しています(苦笑)。
第二次大戦で偉大な政治家と呼ばれるようになった彼は、大戦中、スターリンの第二戦線を開く要請をはぐらかし、西側への抜きがたい不信感を植え込んだ張本人の1人でもあります。そんな彼は大戦終結直後に「鉄のカーテンは降りた」と米国で演説し、これが冷戦の宣戦布告と言われています。
20世紀の3つの大戦で彼は、はじめの失敗から学び、偉大な政治家になり、その経験をふまえて火種のうちに消し去ろうと努めたとも言えますが。。。
常に戦争を求めた「乱暴者」だったかもしれませんってタイトルに戻してみました(笑)。
これは メッセージ 141927 (katakurichan さん)への返信です.
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