nuketusetusさんへ
投稿者: kisimenjp 投稿日時: 2002/04/19 22:33 投稿番号: [140619 / 177456]
本当に良くご存知で、よほど熟読されたのですね。
全体を見て、ユダヤ民族のもつ硬くなさが、これほどの年月を経ても
守られている不思議を感じます。
「日本人とユダヤ人」はイザヤ・ベンダサン(山本氏)著ですが
日本人と対照的なものを感じます。
その反面、ローマ人の柔軟性と先見性には驚かされます。
日本も外国文化の取り入れには柔軟でしたが、島国という特殊性もあり
スケールも小さく、征服した国の文化を取り入れる程の大きさは無く
日本的に改良して育む程度ですね。(本を少し読んで)
あの時代も決して穏やかな世界では無かったでしょうが、ローマの緩やかな
統治について興味深い記述があったので引用して見ます。
「個人のモラルの向上が重要か、それとも、人間社会が適度に機能していく
ことのほうが重要か。
これもまた、バランス感覚の問題です。
自分の考える事こそ正義と信じた人々が行なった悪行の数々を思い出してください。
こちらの悪こそ根絶されるべきであるのに、残念にも人類はいまだそれに成功
していません。
この大悪に比べれば、右に上げられた諸悪などは”節度”の
概念でコントロール可能であり、また、その程度で収めておいたほうが、
狂信的な善人の横行を許さないためにも得策です。」(ローマ人への20の質問より)
アメリカでのテロや、パレスチナ問題に抑圧者の正義が語られますが
上記の指摘があたっているように思えるのです。
「節度」ある対抗措置も国際的な和平の枠組みには必要と考えたりします。
>ドストエフスキー(私は読んだことありませんが)に比べれば塩野七生では
いかにも役不足に感じますが(笑)。
意外なお言葉で、タイプが違うと答えておきましょう。
現実にあった歴史を、壮大な観点から描写するのと、何時の時代にも当てはまる
人間の内面の精緻な描写の違いかと、かってに想像します。
そしてどちらも優れているとして、それを読めば優れているというのは、
読む人の資質に関わり、どちらが良いかは別の問題では?
これは メッセージ 140571 (nuketusetus さん)への返信です.
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