自らの責任
投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2002/04/18 10:06 投稿番号: [140493 / 177456]
これは確かにあるでしょうね。ただ、植民地政策には、インフラの整備やある程度の教育が必要ですし、植民地は帝国から生まれる工業製品の市場でもあるわけです。ですから、功罪の功の部分は必ずあると思います。
一方、民族主義はこの主従関係を打破するため、先ず闘争にエネルギーが集中し、新しい秩序の構築には注がれないようです。この状態で統治国が無責任な撤退を行いますと、植民地政策という秩序が失われ、無秩序と暴力だけが残るようです。
>やはり自らの民族の平和を、自分たちの努力で勝ち取るしかないように思うのですが。
紛争の本質が、民族なのか、資源争奪戦なのか代理戦争の亡霊なのかわかりませんが、資本蓄積のためには今より多く働き、今以上に消費を抑える事が要求されます。その苛酷な状況を緩和する手助けは出来ても、やはり不断の決意で自ら行わなければならないのでしょう。
これは メッセージ 140300 (kisimenjp さん)への返信です.
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