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ピノチェトとCIA >世界の警察?

投稿者: r_7055 投稿日時: 2002/02/16 08:48 投稿番号: [135525 / 177456]
[ピノチェト裁判]司法は国境を越えられるか/4   米に後ろめたさ

●1998年12月1日   毎日新聞 【ワシントン・布施広】 http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/article/digital/33/33_4.html

◇中南米政策のツケ重く
  「機密扱い解除」のスタンプが押された文書には、こう記されている。「アジェンデをクーデターで打倒するのは、確固として続いている政策。(中略)米国の手(関与)を隠すために、行動は秘密裏に行うことが重要だ」

  日付は1970年10月16日。チリ大統領選で左派候補のアジェンデ氏が当選した翌月だ。文書公開で明るみに出た米中央情報局(CIA)の秘密指令――と米民間組織は説明する。

  米国のチリへの介入は、米上院特別委員会の75年の報告書でも指摘された。それによると、CIAは70年大統領選でアジェンデ氏の当選阻止を画策し、同氏の当選後は野党への資金援助によって内政のかく乱を図った。

  計画立案の中心人物はキッシンジャー大統領補佐官(当時)で、ニクソン大統領(当時)が実行を命じたという。73年のクーデターでアジェンデ氏は死亡、ピノチェト将軍が実権を握るのだが、中南米を「裏庭」と見る米国が、左派政権崩壊にほくそ笑んだことは疑いがない。

  その半面、米国にも「ピノチェト独裁」の影は及んだ。76年9月、軍政批判を展開するチリの元閣僚、オルランド・レテリエル氏の車がワシントン市内で爆破され、同氏と米国人1人が死亡。米司法当局はチリ秘密警察の幹部ら9人を起訴した。クーデター時、少なくとも2人の米国人が死亡したことも判明している。

  チリからの亡命者らの援護活動に従事するジャーナリストのスコット・アームストロングさん(53)は言う。「当時のチリは反対派を抹殺する作戦を続け、チリ情報機関のトップは『ピノチェト大統領の指示なしには何もできなかった』と言っている。(爆殺事件に関して)元大統領を米国で裁くことは可能だ」

  だが、米国内はもとより第三国での裁判にも、米政府は乗り気ではない。アメリカン大学のフィリップ・ブレナー教授は「ピノチェト政権と親密だった歴代の米政府高官らが『人道に対する罪』に関して非難されかねないことや、CIAの『汚れた手』が露呈することを恐れている」と政府の心中を分析する。

  「米国はパナマに進攻して権力者のノリエガ将軍を捕らえ、米国内で裁判にかけた。それを思えば、ピノチェト氏のスペインへの身柄引き渡しに反対できる筋合いではない」と教授は言う。「人権重視」を掲げるクリントン政権の肩に、過去の中南米政策のツケが重くのしかかる。
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