>学校教育のこと
投稿者: kamemusi48 投稿日時: 2002/02/07 01:09 投稿番号: [134385 / 177456]
戦争を勇気ある気高い行為として称えるよりは、教育というより体験の伝達として、悲惨さを教えたほうがよいとは思います。
今はそれさえ制限されかねないところに来ているようです。
次の段階では、戦争に至る経緯、原因等を歴史事実に基づき、できるだけ客観的に認識させるようにすべきでしょう。学者のあいだでほぼ一致している見解についてはいいのですが、意見の分かれる部分については、相反する記述や学説を、そのまま生徒に提示したほうが良いと思います。
まずは戦争という歴史的、社会的、あるいは文化的といってもいい事象について、「科学的」に解き明かそうとする姿勢を教育において明示すべきですね。
「国際人道法」を手かがりに戦争という状態を見ていくということは、とてもおもしろい試みですね。
なんというか、「戦争」を客観化できるような気がします。確かに私たちはあまりにも戦争の、殺戮の、むごさに打ちのめされててしまって、戦争の全体像を見ようとしてこなかったようにも思います。
「国際人道法」を通して、戦争という行為そのものの不法さやいかがわしさまで、認識が至ったら、いいですね。
(私もこの本、読もうと思っていました)
個人的には「戦争のできるだけ科学的な解明」、これを戦争についての学校教育の第一目標に挙げたいです。
これは メッセージ 134356 (katakorichan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/134385.html