>ICC:法の強制力の源泉について
投稿者: kamemusi48 投稿日時: 2002/02/05 14:02 投稿番号: [134027 / 177456]
丁寧な解説ありがとうございました。
私ばかりではなくここを見ている多くの方にとっても、意義ある発信であったと思います。
ICCにおける法の支配とは純然とした「契約」の観念なのですね。
>自由裁量=国家主権に判断を委ねつつ、いざ中に入ればルールを遵守する義務を負う。これが国際条約=国際法の持つ拘束力と正当性の源泉なんです。
とても美しい表現です。
対等の存在が互いに契約を結んで秩序ある世界を形成しルールを遵守することによってそれを維持していく。
ある意味では西欧の政治思想のエッセンスのような考え方だと思いました。
私は人間社会の「進歩」という観念には懐疑的なのですが、帝国主義の、暴力をむき出しにした世界分割の時代から、二つの大戦を経てよくぞここまで来たという感慨は覚えました。
ただ、現実を踏まえて言えば、ぜひアメリカを締結国に加えたい、説得を続けてほしいと思いました。
ところで一点、懸念を感じた部分がありました。
>当該国が他国による武力介入を拒否し、よってICCが事態を安保理に付託できない場合は、「絶対に介入できない」という状況が国際史上初めて成立するのです。
大国の理不尽な武力介入が続く時代にあってまさに画期的な条項であることは理解できます。今まで認めてこられなかったことが疑問なほど、当然の、正当な事柄です。
しかしどうしても、ナチスやスターリン時代のソ連や、近いところではポルポト政権やユーゴの民族浄化などのことを思い浮かべてしまう。国家主権の内部で行われている非人道行為に対しては、国際社会は何もできないのかと思ってしまう。
ユーゴの空爆に対してはとても賛成はできませんでした。けれども欧米の知識人の何人かが、この暴挙を座視していいのか、民主主義は戦って守るものだなどと言うのを聞くと動揺せざるを得ませんでした。
肩凝りさんには及びませんが、一応平和主義者ですし法治主義も信奉しています。しかしナチスのあの行為は何としても一刻も早く止めなければならなかった。
法の秩序と、法の想定する範囲を遙かに超えた大きな悪への対処について、悩んでしまいます。
これは メッセージ 134016 (etranger3_01 さん)への返信です.
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