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Re32 chao_zooさんへ peacekeeper_jp NO1

投稿者: peacekeeper_jp 投稿日時: 2001/12/17 21:55 投稿番号: [126088 / 177456]
chao_zooさんは哲学科だったそうですね。私は自分に関係のないものは
あまり読まないのだけれど、先日、時間があったので偶然知りました。
感覚についてのくだりを読んで哲学科というのはこういうことをやって
いるのかもしれんと思いましたが、それにしてもレベルが低すぎる。
勉強が足りなかったんじゃないですか。あなたをバカにしているわけでは
ありません、誤解しないように。

例えば、ある論文が次のような形式であることを主張しているとしましょう。
「AであるからBである。従ってCということになる」
このときAからCに至る過程において、ほとんどの哲学は感覚を基礎にしています。
論理学や数学(論理学も数学の一分野であるが)の厳密さはありません。
もし、厳密な理論であれば、それは普遍的なものであり、時代によって、
或いはその事象を考える哲学者によって変わるものではありません。
哲学がコロコロ変わってきたのは、それが感覚を基礎として展開されているから
です。ここで言う感覚とは脳が感覚器官を介して直接感じ取るもの(明るいとか
寒いとか)を指しているわけではありません。
それらを媒介として一旦、脳に送られるか、過去の記憶を通して得られる事象(抽象的なものも含む)を
脳のネットワーク上にある過去の膨大な蓄積に照らして得られるものを指しています。
感覚を基礎として展開される以上は、同じ事象を考えるにしても主観の相違に
よって意見が分かれるのも無理もないわけです。
しかし、人間社会や宇宙の深遠なことを考える場合に数学のような厳密な理論
で展開することができないのも無理もない話です。
従って、哲学に求められる態度は現実を如何に矛盾なく説明できる仮説であるか
ということになります。それが唯一の検証手段でしょう。
残念ながら、これまでの哲学はその要求に応えられるようなものは、私の勉強不足
かもしれないが、ほとんどないように感じられる。
だが、上記でいうところの感覚の正体については先人が突きとめていると思う。
もう一度、よく調べて返答してくれませんか。
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