テロに関する「唯経済的」考察2
投稿者: hana_2001_jp 投稿日時: 2001/10/20 21:31 投稿番号: [101789 / 177456]
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=bpjfa4lla5fa5m&sid=1143582&mid=101787
のつづき
> 私は、この見方に賛成だ。そして、これをさらに進めれば、次のようになる。
>
> イスラム社会と欧米社会との差違まず最初に注目したいのは、ヨーロッパは、「イス
> ラム教徒に邪魔されずに香辛料を入手する」という同一の目的のために、最初は十字
> 軍という方法をとったが、後に大航海という別の手法に転換したことである。最初の
> 方法は失敗したが、後の方法は成功した。
>
> 単なる香辛料貿易ルート発見の成功だけではない。大航海という新しい手法は、香辛
> 料など比べものにならぬほど巨大な成果をヨーロッパにもたらした。それは、いうま
> でもなく「新世界」である。そして、それをきっかけとして、ヨーロッパは、暗黒の
> 中世に決定的に別れを告げ、近代に足を踏み入れた。
>
> もちろん、「新世界」とか「近代」というのは、ヨーロッパの独善的な概念だ。新世
> 界の植民が、先住民の殺戮とアフリカからの奴隷連行という許しがたい手段によって
> 行われたのは間違いない。しかし、ここでは、宗教という要素を無視したのと同じ理
> 由で、新世界開発手法の倫理的・人道的評価も捨象することにする。ここでの議論で
> 明らかにしたいのは、「経済的利益というだけの側面から見たらどうなるか?」とい
> うことなのである。
>
> この観点から見たとき、次の重大な事実に注目しなければならない。これが、注目し
> たい第二の点である。
>
> それは、イスラム社会と中国に対するヨーロッパの相対的な地位が、16 世紀の初め
> ごろから大転換したという事実だ。まず、イスラム世界は、大航海時代が始まった
> 15 世紀末から 16 世紀の時点までは、軍事的に見ても、ヨーロッパと拮抗するか、
> あるいはそれを凌ぐ位置にいた。たとえば、13 世紀の半ばまで、イベリア半島はイ
> スラム圏に支配されており、15 世紀の最後までイスラム勢力が残った。また、1453
> 年のコンスタンティノポリスの戦いで、オスマン帝国軍は、キリスト教徒を徹底的
> に打ち破った。
>
> 中国との相対的関係も興味深い。16 世紀の初めごろまで、自然科学と技術の面で、
> 中国はヨーロッパを遥かに凌駕していた。たとえば、航海に不可欠の道具であった羅
> 針盤は、12 世紀に中国で発明されたものである。航海術も工業力も、圧倒的に優れ
> ていた。喜望峰が発見される 80 年も前に、明の鄭和に率いられた大船団が、西アジ
> アとアフリカに遠征している。しかも、それは、最大 8000 トン級の巨船 62 隻に
> 3 万人が乗り込むという壮大な船団であった。マゼランの船団が、100 トン級の船
> 5 隻で、乗組員が 265 人であったことと比べると、両者の差に驚かされる。
>
> しかし、こうしたすべてにもかかわらず、その後の世界史の展開のなかで、ヨーロッ
> パは、イスラムと中国を遥かに抜きさってしまった。経済的な豊かさにおいて、決定
> 的な差が開いてしまったのである。この差は、宗教の違いによるものではない(なぜ
> なら、宗教の違いは、それまでも存在していたのだから)。理由は、単に、近代ヨー
> ロッパの用いた手法(経済制度や社会制度)が、経済発展の観点からみて合理的なも
> のだったということでしかない。
>
> このような見方は、現代においても適用できる。現代世界を動かしているのは、宗教
> 的理念の実現ではなく、経済的要因である。とりわけ重要なのは、「欧米社会とイス
> ラム社会の最大の違いは、宗教の違いではなく、経済的な生産力の違いだ」という事
> 実である。(つづく)
のつづき
> 私は、この見方に賛成だ。そして、これをさらに進めれば、次のようになる。
>
> イスラム社会と欧米社会との差違まず最初に注目したいのは、ヨーロッパは、「イス
> ラム教徒に邪魔されずに香辛料を入手する」という同一の目的のために、最初は十字
> 軍という方法をとったが、後に大航海という別の手法に転換したことである。最初の
> 方法は失敗したが、後の方法は成功した。
>
> 単なる香辛料貿易ルート発見の成功だけではない。大航海という新しい手法は、香辛
> 料など比べものにならぬほど巨大な成果をヨーロッパにもたらした。それは、いうま
> でもなく「新世界」である。そして、それをきっかけとして、ヨーロッパは、暗黒の
> 中世に決定的に別れを告げ、近代に足を踏み入れた。
>
> もちろん、「新世界」とか「近代」というのは、ヨーロッパの独善的な概念だ。新世
> 界の植民が、先住民の殺戮とアフリカからの奴隷連行という許しがたい手段によって
> 行われたのは間違いない。しかし、ここでは、宗教という要素を無視したのと同じ理
> 由で、新世界開発手法の倫理的・人道的評価も捨象することにする。ここでの議論で
> 明らかにしたいのは、「経済的利益というだけの側面から見たらどうなるか?」とい
> うことなのである。
>
> この観点から見たとき、次の重大な事実に注目しなければならない。これが、注目し
> たい第二の点である。
>
> それは、イスラム社会と中国に対するヨーロッパの相対的な地位が、16 世紀の初め
> ごろから大転換したという事実だ。まず、イスラム世界は、大航海時代が始まった
> 15 世紀末から 16 世紀の時点までは、軍事的に見ても、ヨーロッパと拮抗するか、
> あるいはそれを凌ぐ位置にいた。たとえば、13 世紀の半ばまで、イベリア半島はイ
> スラム圏に支配されており、15 世紀の最後までイスラム勢力が残った。また、1453
> 年のコンスタンティノポリスの戦いで、オスマン帝国軍は、キリスト教徒を徹底的
> に打ち破った。
>
> 中国との相対的関係も興味深い。16 世紀の初めごろまで、自然科学と技術の面で、
> 中国はヨーロッパを遥かに凌駕していた。たとえば、航海に不可欠の道具であった羅
> 針盤は、12 世紀に中国で発明されたものである。航海術も工業力も、圧倒的に優れ
> ていた。喜望峰が発見される 80 年も前に、明の鄭和に率いられた大船団が、西アジ
> アとアフリカに遠征している。しかも、それは、最大 8000 トン級の巨船 62 隻に
> 3 万人が乗り込むという壮大な船団であった。マゼランの船団が、100 トン級の船
> 5 隻で、乗組員が 265 人であったことと比べると、両者の差に驚かされる。
>
> しかし、こうしたすべてにもかかわらず、その後の世界史の展開のなかで、ヨーロッ
> パは、イスラムと中国を遥かに抜きさってしまった。経済的な豊かさにおいて、決定
> 的な差が開いてしまったのである。この差は、宗教の違いによるものではない(なぜ
> なら、宗教の違いは、それまでも存在していたのだから)。理由は、単に、近代ヨー
> ロッパの用いた手法(経済制度や社会制度)が、経済発展の観点からみて合理的なも
> のだったということでしかない。
>
> このような見方は、現代においても適用できる。現代世界を動かしているのは、宗教
> 的理念の実現ではなく、経済的要因である。とりわけ重要なのは、「欧米社会とイス
> ラム社会の最大の違いは、宗教の違いではなく、経済的な生産力の違いだ」という事
> 実である。(つづく)
これは メッセージ 101787 (hana_2001_jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/101789.html