差別語でない言葉が差別語になる
投稿者: nash_8242002 投稿日時: 2008/08/29 23:06 投稿番号: [248 / 284]
日本で支那という言葉が本格的に使われだしたのは清末のころである。
孫文などが使い出したのに影響されたのだ。
滅満興漢を標榜し革命を志していたので清国人と呼ばれるのを嫌ったからだ。
英語のできた孫文はシナという言葉に抵抗はなかったのであろう。
当時はシナという言葉は差別的要素は無かったのである。
また中国という言葉は日本の中国地方と間違いやすいので日本としては使いたくなかった側面もあった。
歴史的地理的概念として支那を使うには合理性がある。
例えば中国史と言った場合、中華民国以後の歴史と捉えられる可能性が出てくる。
話しがずれて来たので戻す。
シナ、シナ人という言葉が別称的意味合いを持つと誤解されるようになったのは日本との交流が増え、本性が分かったからであろう。
道徳の国だと思っていたら全く逆だったので評価が下がったのだ。
こうすると支那を中国という「尊称」に換えても無駄。
そういえば、原語読みした「差別語」があったな。
今日では、中国という呼称が既に蔑称になって来ている。
むしろ支那という言葉の方が古き良き響きがあるではないか。
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