相手が嫌がる呼び名を使うのは非礼
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/08/29 07:20 投稿番号: [245 / 284]
日本も中国も漢字文化を共有する国であり、一つ一つの文字が
意味を持って使用されることを熟知している。
また、事物に対する さまざまな呼称に宛てられる文字には
人々の思想、信条などが込められていることを理解している。
国名などには、ことのほか その国の文化や歴史、民族の誇りなどが
込められているものであることも 理解できるはずだ。
日本には、特に ことあるごとに 中国を敵視する右翼などには、
きまって、確信犯的に 中国の正式な名称を用いず、あえて戦前までの
日本側の呼称である 「シナ」という呼び方を する者が多い。
石原都知事も 以前、政治家の靖国神社参拝問題にからんで、
「日本文化の問題だから、支那人や韓国人はガタガタさわぐな」と
挑発的に述べていた。あえて、中国人を支那人と述べるところに、
彼の 政治的主張が込められている。
「シナ」は英語のチャイナと同じ語源だから別に構わないと言う者もいる。
なるほど、シナやチャイナの語源は、2000年以上前の王朝・秦に端を発し、
それが仏教伝来とともに サンスクリット語から中国に逆輸入され、
支那と表記されるようになったことは その通りだ。
しかし、この呼称は決して一般的ではなく、日本でも 江戸時代までは
一部の学者などを除けば、明とか 清、あるいは 唐土という具合に、
ときの王朝が定めた正式な国名が用いられてきた。
「シナ」という呼び方は、日本では 明治になってから、
とりわけ日清戦争以後、軍事的進出によるアジア支配と
一体化するかたちで 使用された歴史がある。
当時、日本人は 清国とか中華民国という当時の正式国名で呼ぶかわりに、
「支那」ということばを 好んで使っていた。
しかし、中国の人々は、少なくとも 中華民国という国名成立以後、
日本人が「シナ」と呼ぶ際の 微妙な民族差別のニュアンスを感じとり、
支那とか支那人といわれるのを 決して愉快に思っていなかったのだ。
1913年10月 中国駐日代理公使が日本政府に、「支那共和国」ではなく
正式に「中華民国」とするよう求め、さらに南京国民政府が成立すると、
1930年5月 国民党中央政治会議で、
「わが国を中国と呼ばずに支那とよぶような公文は受け取りを拒否する」
という強い姿勢を示している。
中国の抗議を受けて 日本政府も 当時の幣原外相が、
同年11月 日本の駐華公使と総領事に対し、
「中国の国名としては中華民国を使用する」旨の訓令を出し、
中華民国という呼称が 正式に使われるようになった経緯がある。
戦後の日本では 支那という言葉が死語となり、
中国という用語が 今日普通に使用されている。
もしも、
中国人や韓国人などが、日本を あえて「倭国」と表記し、
日本人を、ことあるごとに「倭人」と呼ぶようになったら、どうだろう。
彼らが「日本」という正式国名を 意識的に使わないことは
無礼であり、不愉快だ と思わないだろうか。
彼らが、古来よりこの呼び方をしていたのだ、何が悪い、
などと開き直られたら、いったい、日本人は、どう感じるだろうか。
「支那人が中国と自国を呼ぶのは勝手、外国人が支那と呼ぶのも勝手」
という理屈を、そのままなぞって「外国人が倭国と呼ぶにのも勝手」と
開き直ることは、どうだろうか。
国名には、その国民の思いや、文化の誇りが込められている。
にもかかわらず、それを意識的に無視して
相手が不快だと思う呼称を、あえて使うところが、
他者の心情を蔑ろにする右翼勢力の性情を表している。
意味を持って使用されることを熟知している。
また、事物に対する さまざまな呼称に宛てられる文字には
人々の思想、信条などが込められていることを理解している。
国名などには、ことのほか その国の文化や歴史、民族の誇りなどが
込められているものであることも 理解できるはずだ。
日本には、特に ことあるごとに 中国を敵視する右翼などには、
きまって、確信犯的に 中国の正式な名称を用いず、あえて戦前までの
日本側の呼称である 「シナ」という呼び方を する者が多い。
石原都知事も 以前、政治家の靖国神社参拝問題にからんで、
「日本文化の問題だから、支那人や韓国人はガタガタさわぐな」と
挑発的に述べていた。あえて、中国人を支那人と述べるところに、
彼の 政治的主張が込められている。
「シナ」は英語のチャイナと同じ語源だから別に構わないと言う者もいる。
なるほど、シナやチャイナの語源は、2000年以上前の王朝・秦に端を発し、
それが仏教伝来とともに サンスクリット語から中国に逆輸入され、
支那と表記されるようになったことは その通りだ。
しかし、この呼称は決して一般的ではなく、日本でも 江戸時代までは
一部の学者などを除けば、明とか 清、あるいは 唐土という具合に、
ときの王朝が定めた正式な国名が用いられてきた。
「シナ」という呼び方は、日本では 明治になってから、
とりわけ日清戦争以後、軍事的進出によるアジア支配と
一体化するかたちで 使用された歴史がある。
当時、日本人は 清国とか中華民国という当時の正式国名で呼ぶかわりに、
「支那」ということばを 好んで使っていた。
しかし、中国の人々は、少なくとも 中華民国という国名成立以後、
日本人が「シナ」と呼ぶ際の 微妙な民族差別のニュアンスを感じとり、
支那とか支那人といわれるのを 決して愉快に思っていなかったのだ。
1913年10月 中国駐日代理公使が日本政府に、「支那共和国」ではなく
正式に「中華民国」とするよう求め、さらに南京国民政府が成立すると、
1930年5月 国民党中央政治会議で、
「わが国を中国と呼ばずに支那とよぶような公文は受け取りを拒否する」
という強い姿勢を示している。
中国の抗議を受けて 日本政府も 当時の幣原外相が、
同年11月 日本の駐華公使と総領事に対し、
「中国の国名としては中華民国を使用する」旨の訓令を出し、
中華民国という呼称が 正式に使われるようになった経緯がある。
戦後の日本では 支那という言葉が死語となり、
中国という用語が 今日普通に使用されている。
もしも、
中国人や韓国人などが、日本を あえて「倭国」と表記し、
日本人を、ことあるごとに「倭人」と呼ぶようになったら、どうだろう。
彼らが「日本」という正式国名を 意識的に使わないことは
無礼であり、不愉快だ と思わないだろうか。
彼らが、古来よりこの呼び方をしていたのだ、何が悪い、
などと開き直られたら、いったい、日本人は、どう感じるだろうか。
「支那人が中国と自国を呼ぶのは勝手、外国人が支那と呼ぶのも勝手」
という理屈を、そのままなぞって「外国人が倭国と呼ぶにのも勝手」と
開き直ることは、どうだろうか。
国名には、その国民の思いや、文化の誇りが込められている。
にもかかわらず、それを意識的に無視して
相手が不快だと思う呼称を、あえて使うところが、
他者の心情を蔑ろにする右翼勢力の性情を表している。
これは メッセージ 1 (chinese_nante さん)への返信です.
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