tonton_katukatu の仮説的命題は妄想
投稿者: f3nasa 投稿日時: 2003/10/04 22:41 投稿番号: [6685 / 20008]
> どう対立してもアメリカとフランスが戦争に突入することなどあり得ない。
> 両国の政府がどう策動しようとも、彼等を選出するのは互いに経済的に深く
> 結びついた民衆なのだ。世界は狭くなる。
> 民衆の結びつきは強くなる一方である。
▲ここで示された tonton_katukatu の仮説的命題は、
『経済的に強い結びつきがある民衆が指導者を選出した国家間同士は戦争しない。』
というものであるが、イスラエル無しには経済的自立が望めないパレスチナ暫定自治区とイスラエルとの経済的結びつきの強さは改めて言うまでも無く、シャロン首相はイスラエル国民により正規の手段を経て選出された存在であり、パレスチナアラブ人のアラファト PLO 議長やヤシン師に対する支持も篤いものがあるが、この両政府は今もなお断続的かつ部分的な戦争状態にある。よって tonton_katukatu の仮説的命題は否定された。
> イスラエルは武力によって国域を広げざるを得ない必然性を
> 持つ唯一の国であり、この手法をかなりおおっぴらに実行する
> る唯一の国である。
▲中華人民共和国は武力によって国域を広げざるを得ない必然性を持ち、現在進行形でこの手法をかなりおおっぴらに実行している国家でもある。よって tonton_katukatu の仮説的命題は、否定された。
> 国家を形成する意味が薄れつつあるのだから。
▲マックス・ヴェーバーは『ある一定の領域内部で、正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体』と国家を定義したが、明石康氏は 1985 年に著作の中でこう述べている。
<明石康著 国際連合 277 ページより引用開始>
四十年前に期待されたように、国連憲章の精神が、国際政治を貫く力強い基調になるのだろうか。勿論そのような期待は甘すぎよう。依然として民族主義が強く、国家主権が蔓延り、相互不信が根強い現代世界で、首脳レベルの会談が、国連で一回や二回開催されたところで、軍備競争が終わり、局地紛争が解決されるはずも無い。
<引用終わり>
その後、ソ連邦崩壊により超大国間の冷戦が終結したが、パパブッシュが "NEW WORLD ORDER" と宣言したような夢の世界へと国際関係は果たして進化したのか?
http://www.al-bab.com/arab/docs/pal/pal10.htm
断じて否である。
寧ろ冷戦の終結は、両超大国による武力的重石が押さえつけていたパンドラの箱の蓋を開けてしまったのであって、その中から飛び出てきたものは、おぞましい宗教的、民族的或いは歴史的な怨念のエネルギーであったのである。顕著だったのは 1991 年の 6 月に『ある一定の領域内部で、正当な物理的暴力行使の独占』を失ってしまった旧ユーゴスラビアの、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、セルビア、コソボ地方で、悲惨な戦争が繰り広げられ、ここでは死者や行方不明者を 15 万人以上、難民は 150 万人以上を出している。『国家を形成する意味が薄れつつある』は全くの戯言であり tonton_katukatu の仮説的命題は否定された。
> イスラエルにとっても周辺諸国との融和
> こそが生き残る唯一の道だろう。そういう視点を持つべきである。
▲ここで示された tonton_katukatu の仮説的命題は、
『イスラエルには周辺諸国との融和策を考慮する視点が無い。』
というものであるが、第三次中東戦争の勝利に酔いしれ、不敗神話を築き一時は舞い上がっていたイスラエルも、第四次中東戦争でのエジプト軍に奇襲を為さしめた反省に基づき、国連安保理決議案 242 号と 338 号を受け入れてサダト・エジプト大統領との間で平和条約を結び、南からの脅威を取り除く事に成功した歴史的事実が存在する。よって tonton_katukatu の仮説的命題は否定された。
『イスラエルが優位にある』のが幻想なのではない。
『イスラエル/パレスチナ和平』が幻想なのである。
> 両国の政府がどう策動しようとも、彼等を選出するのは互いに経済的に深く
> 結びついた民衆なのだ。世界は狭くなる。
> 民衆の結びつきは強くなる一方である。
▲ここで示された tonton_katukatu の仮説的命題は、
『経済的に強い結びつきがある民衆が指導者を選出した国家間同士は戦争しない。』
というものであるが、イスラエル無しには経済的自立が望めないパレスチナ暫定自治区とイスラエルとの経済的結びつきの強さは改めて言うまでも無く、シャロン首相はイスラエル国民により正規の手段を経て選出された存在であり、パレスチナアラブ人のアラファト PLO 議長やヤシン師に対する支持も篤いものがあるが、この両政府は今もなお断続的かつ部分的な戦争状態にある。よって tonton_katukatu の仮説的命題は否定された。
> イスラエルは武力によって国域を広げざるを得ない必然性を
> 持つ唯一の国であり、この手法をかなりおおっぴらに実行する
> る唯一の国である。
▲中華人民共和国は武力によって国域を広げざるを得ない必然性を持ち、現在進行形でこの手法をかなりおおっぴらに実行している国家でもある。よって tonton_katukatu の仮説的命題は、否定された。
> 国家を形成する意味が薄れつつあるのだから。
▲マックス・ヴェーバーは『ある一定の領域内部で、正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体』と国家を定義したが、明石康氏は 1985 年に著作の中でこう述べている。
<明石康著 国際連合 277 ページより引用開始>
四十年前に期待されたように、国連憲章の精神が、国際政治を貫く力強い基調になるのだろうか。勿論そのような期待は甘すぎよう。依然として民族主義が強く、国家主権が蔓延り、相互不信が根強い現代世界で、首脳レベルの会談が、国連で一回や二回開催されたところで、軍備競争が終わり、局地紛争が解決されるはずも無い。
<引用終わり>
その後、ソ連邦崩壊により超大国間の冷戦が終結したが、パパブッシュが "NEW WORLD ORDER" と宣言したような夢の世界へと国際関係は果たして進化したのか?
http://www.al-bab.com/arab/docs/pal/pal10.htm
断じて否である。
寧ろ冷戦の終結は、両超大国による武力的重石が押さえつけていたパンドラの箱の蓋を開けてしまったのであって、その中から飛び出てきたものは、おぞましい宗教的、民族的或いは歴史的な怨念のエネルギーであったのである。顕著だったのは 1991 年の 6 月に『ある一定の領域内部で、正当な物理的暴力行使の独占』を失ってしまった旧ユーゴスラビアの、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、セルビア、コソボ地方で、悲惨な戦争が繰り広げられ、ここでは死者や行方不明者を 15 万人以上、難民は 150 万人以上を出している。『国家を形成する意味が薄れつつある』は全くの戯言であり tonton_katukatu の仮説的命題は否定された。
> イスラエルにとっても周辺諸国との融和
> こそが生き残る唯一の道だろう。そういう視点を持つべきである。
▲ここで示された tonton_katukatu の仮説的命題は、
『イスラエルには周辺諸国との融和策を考慮する視点が無い。』
というものであるが、第三次中東戦争の勝利に酔いしれ、不敗神話を築き一時は舞い上がっていたイスラエルも、第四次中東戦争でのエジプト軍に奇襲を為さしめた反省に基づき、国連安保理決議案 242 号と 338 号を受け入れてサダト・エジプト大統領との間で平和条約を結び、南からの脅威を取り除く事に成功した歴史的事実が存在する。よって tonton_katukatu の仮説的命題は否定された。
『イスラエルが優位にある』のが幻想なのではない。
『イスラエル/パレスチナ和平』が幻想なのである。
これは メッセージ 6680 (tonton_katukatu さん)への返信です.
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