「べき」と言うべき理由
投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2003/07/23 02:32 投稿番号: [6265 / 20008]
>パレスチナに対して何かを要求しているような記事というのは、JP/WSJ以外では読んだ記憶がない
う〜ん、最近は日本のメディアもかなり変わってきたと思う。
一時期は「強いイスラエルが、まず、譲歩すべき」という
滅茶苦茶な「道徳論議」がまかり通っていた。
でも最近は、パレスチナに対しても
「武力の停止を求める」「治安努力をするべきだ」
といった、穏やかで抽象的ながらも、「要求」を
するようになっている気がする。
具体例が出てこなくて申し訳ないが。
>「心優しき人権時代の言論」の正体など、
>所詮は「罪悪感」の裏返し程度のものでしかない。
「パレスチナに対して、何も要求しない」ことは、
決してパレスチナ人の立場を思い遣っていない、ということに
気が付いて欲しい。
「パレスチナが可哀想。要求なんかとても出来ない」なんて考える人は、
まず、歴史の法則を無視し、
パレスチナより過酷な条件のもとで繰り広げられる世界各地の民族の戦いを
貶めている。
そして、ロードマップという、
可能性が詰まった現実的な解決法から、目を背けさせる。
さらに、指摘すべきは、隠されたパレスチナ人への偏見。
同情することは、情報に対して敏感になるという効能があるけど、
現状の改善の可能性や、解決の糸口が見えてこなくなる。。
ま、いっさい当事者への同情がない人たちは、
国民/民族が共有する「痛み」という人間的な感情が、
中東ではどれほど強く政治に影響しているのか、という背景を理解できない。
だから、「理性的に過ぎる」解決法を考えてしまいがち。
一長一短で難しいね。
これは メッセージ 6261 (r911911911 さん)への返信です.
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