イスラエル/パレスチナ和平

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>>解説その2

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/07/07 19:20 投稿番号: [6171 / 20008]
>>当時は英領です。
>えっ、英国は単に管理国だったのではなく、全アラブの領土が英国のものだった、ということですか?

第一次世界大戦でオスマン帝国が崩壊し、アラブは4世紀に及ぶオスマントルコの庇護下から離れ、1922年、出来たばかりの国際連盟の決定により、現在のパレスチナ、ヨルダン、イラクはイギリスの委任統治領に、現在のシリア、レバノンがフランスの委任統治下に置かれました。
1916年、イギリスはフランスと戦争が終わったらオスマン帝国から中東を分割させて分け合う約束(サイクス・ピコ協定)をしていてそれにそったものです。
ところが、イギリスは1915年にはオスマン帝国から独立を求めて戦っていたアラブ民族に対して、アラブ首長フサインにオスマン帝国と戦えばパレスチナの地をアラブ国家として独立させる約束(フサイン・マクマホン協定)をしています。
(映画「アラビアのロレンス」は、このアラブ独立に協力してトルコにゲリラ戦争をしかけた将校の話です。)
さらには、1917年、イギリスのバルフォア外相はロンドンのウォルター・ロスチャイルドに書簡を送り、パレスチナをユダヤ人のための民族郷土にすることを認めました。(バルフォア宣言)
3つの約束をしたのでよくイギリスの三枚舌外交と言われるのです。
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